トヨタが売上高過去最高 それでも米中貿易戦争の板挟みで苦悩するワケ
世界経済を不透明にする米中貿易戦争。その狭間で、トヨタが苦悩している。日本企業の代表格としてトランプ大統領からゆさぶられ、中国での事業拡大も一筋縄でいかない。下院で共和党が負けた中間選挙後も、トランプ氏は強気姿勢。最強企業を覆う霧は晴れない。ジャーナリストの井上久男氏がレポートする。
* * *
トヨタ自動車が11月6日に発表した2018年4~9月期連結決算は、純利益が前年同期比16%増の1兆2423億円となり、中間期で過去2番目の水準となった。売上高は3.4%増で過去最高の14兆6740億円、本業のもうけを示す営業利益は15.1%増の1兆2618億円。アジアでの販売増やお家芸の原価低減が利益を押し上げた。
記者会見したトヨタの小林耕士副社長は「地域別にみると課題もあるが、過去最高益に近づいたので、(収益状況は)三角からマルになった」と業績を評した。
小林氏が指摘する地域別の課題でトヨタの頭を悩ますのが、かつての「ドル箱」北米事業。北米地区の営業利益は3%減の1372億円で、この3年間で半減した。販売台数は微増の141万台だが利益が落ちたのは、実質的な値引き販売の原資となる販売奨励金(インセンティブ)が増えているからだ。
北米の販売構造は大きく変化している。「ライトトラック」と呼ばれる大型ピックアップトラックや大型SUVが全体需要に占める比率は、70%近くまで上昇。トヨタが得意とするセダン系の「カムリ」「カローラ」で以前ほど稼げなくなった。
さらに、北米事業でのリスクが高まりつつあり、今後は収益環境の悪化が見込まれる。リスクとは、ずばり「トランプリスク」だ。自国最優先、言い方を変えれば自国の都合でグローバル経済のこれまでのルールを書き換えるような経済政策が、自動車ビジネスにも影を落とそうとしている。
まずは、9月末に合意した新NAFTA(北米自由貿易協定)とも呼ばれる「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」が発効すれば、現地の部品調達費比率を現行の62.5%から75%にまで引き上げなければならない。トヨタを含め、日本の自動車メーカーはサプライチェーンを再構築する必要があり、大幅なコスト増となる。
トヨタは、北米で売るハイブリッド車の基幹部品である電池などを日本から輸出してきた。「新しいルールに応じてハイブリッド車の部品の現地生産を検討している」と、小林副社長は説明する。
さらに問題は、来年1月にも日米間で始まるとみられる「物品貿易協定(TAG)」交渉。米中間選挙で与党共和党が下院で敗北したものの、トランプ大統領は強気の姿勢を崩さない。選挙直後7日の会見で対日貿易交渉に言及し、「日本は貿易で米国を極めて不公平に扱ってきた」と述べた。
日本から米国への自動車輸出が多いのに、米国からの対日輸出が少ないことを問題視し、今春にはWTO(世界貿易機関)のルールを無視して自動車に25%の追加関税をかけると日本に脅しをかけた。米国案どおりに関税がかかれば、トヨタは1台あたり6千ドルの影響が出る、としている。
トランプ氏のターゲットはトヨタにあるとみていい。日本企業で純利益額、株式の時価総額がともに1位であるトヨタを、米国市場で稼ぐ「日本代表」とみなしている。大統領就任が決まった直後の17年1月から、トヨタをたたいてきた。
たとえば、トヨタはメキシコ戦略が遅れて同国での生産台数が日産自動車より少ないのに、「トヨタがメキシコの新工場計画を撤回しなければ、重い輸入税を課す」と述べた。発言を受け、トヨタは首相官邸に助言を求め、17年2月には初の日米首脳会談を控えていた安倍晋三首相と豊田章男社長が急きょ会談した。
「星条旗を象徴する」と言われたGMやフォードといった米国の自動車メーカーを蹴散らしてきたトヨタ。トランプ氏に限らず、これまでも米国政治のターゲットにされてきた。
1995年の日米自動車摩擦の際、当時の橋本龍太郎通産相とカンターUSTR(米通商代表部)代表の交渉は決裂寸前だった。しかし、トヨタが米国への投資と米国製品の輸入の拡大を柱とする「新国際ビジネスプラン」を発表することで、交渉は決着した。当時の一部報道で「CIA(米中央情報局)は、日米交渉担当のトヨタ役員宅の電話を盗聴していた」と伝えられたほどだ。
95年の日米自動車合意以降、トヨタは対米投資を増やし、この20年間で累計219億ドルをつぎ込んだ。15年秋には米ケンタッキー工場内に3億6千万ドルを投じ、「レクサスES」の新工場を建設。米国では初となる「レクサス」生産も始めた。
北米では、開発・生産統括会社内に、トヨタプロダクションシステム・サポートセンター(TSSC)も設けている。「かんばん方式」などを格安で社外に伝授するコンサルティング組織で、11年にはTSSCをNPO化し、社会貢献としての位置づけを強化。米国の病院や自治体などに業務改善を指導している。
米国でビジネスを円滑に進めるため、トヨタはこうした「配慮」を重ねてきた。
ただ、米国駐在が長いトヨタOBは「実業家出身で交渉上手のトランプ氏はトヨタに豪速球を投げて、さらに譲歩させる戦術だろう」とみる。豊田社長ら現執行部も、トランプ氏が物品貿易協定交渉で自動車、すなわち自社をターゲットとすることは百も承知だろう。
トヨタのルロワ副社長が中間決算会見で「北米市場は不透明感がある」と述べたのも、政治課題がビジネスに影響し始めそうなことを認識しているからだ。
トランプリスクがビジネスに影響を与え始めるなか、トヨタの米国での情報収集能力が落ちていることも課題だ。理由は二つある。
まずは広報・渉外、金融などの北米本社機能をテキサス州に集約したこと。渉外・調査機能を持つ北米トヨタ社もニューヨークからテキサスに移り、「情報収集の量も質も落ちる」(関係者)と見られている。
次に、奥田碩氏が社長・会長時代は政治献金も含めて共和・民主両党への配慮が厚く、政権への影響力があるロビイストを取り込んでいたが、最近はこうした政治活動を担う人材が枯渇している点が挙げられる。トランプ氏がトヨタをたたく遠因にもなっている。
トランプ氏にいち早く会えた日本企業トップは、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長。孫氏と親しいアリババ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏もトランプ氏と面談したが、そのルートを生かして、孫氏はたどり着いたという。
そのソフトバンクとトヨタが10月4日、提携を発表。共同出資で新しいモビリティーサービスの会社を設立する。両社の関係が深まれば、「孫氏の米国人脈をトヨタが利用してトランプ氏に近づく展開もありうる」と見る向きもある。
トランプ氏の強硬姿勢は、トヨタの中国ビジネスにも影響し始めている。
北京から南西105キロの位置にある「雄安新区」。総額2兆元が投資されて建設されるスマートシティーで、第2首都的な位置づけとなる。完成は2020年代前半だが、すでに今夏には行政機能の一部がオープンした。無人スーパーなども導入され、都市の形ができ始めている。
雄安新区は中国のAIに関する4大プロジェクトの一つ「アポロ計画」の実験場となるだろう。「アポロ計画」を牽引するのが、インターネット大手の百度(バイドゥ)で、AIを使って世界最先端の自動走行システムを開発するプロジェクトだ。雄安新区では、インフラ側も最先端の技術を導入しており、自家用車はすべて無人運転のクルマになる予定だ。
中国側が特にねらうのがトヨタの技術。5月に来日した中国の李克強首相は、変速機を生産するトヨタ北海道工場を見学し、メモを取りながらトヨタを質問攻めにした。それを契機に、「トヨタにほれ込んだ李首相が盛んに雄安新区への進出を誘っている」(政府筋)という。
9月に経団連の中西宏明会長(日立製作所会長)や日中経済協会の宗岡正二会長(新日鉄住金会長)ら経済人が訪中した際、トヨタの内山田竹志会長も同行したが、北京での晩餐会を欠席して雄安新区を訪問した。
トヨタの17年の中国での販売台数は前年比6.3%増の129万台。日系トップは日産で12.2%増の152万台、2位がホンダで15.5%増の144万台。中国戦略が日産やホンダより遅れたトヨタにとっても、雄安新区への誘いは渡りに船だ。
しかし、トヨタは中国の誘いにちゅうちょしている模様だ。雄安新区は中国のハイテクを結集させたプロジェクト。加担すれば米国から目をつけられるからだ。
米中貿易摩擦の背景には、両国のハイテク戦争がある。トランプ大統領の補佐官で通商政策担当のナバロ氏が「中国は将来の産業を不当に独占しようとしている」と語ったように、ハイテク分野で両大国はせめぎ合う。
今年7月、中国人男性がFBI(米連邦捜査局)に秘密漏えいで逮捕される事件があった。男性は米アップルで自動走行技術の開発に従事していたが、中国の自動車会社に転職するために退職し、帰国しようとしていた。この事件は、両国間のハイテク戦争が影響している。
トヨタは中国にもトラウマがある。80年代、中国進出の誘いを断ったためにトウ小平氏(※トウは「登」におおざと)が激怒。メンツを重んじる中国政府は以来、外資では中国進出を果たしたVWを最も優遇し、トヨタを冷遇した面がある。雄安新区への進出は、それを挽回するチャンスでもある。
トヨタはグループ企業も含めた総力戦での巻き返しをねらって、中国市場対応を最重要プロジェクトの一つに位置づけている。6月には中国担当役員を急きょ交代させ、豊田社長の側近中の側近で、グループの役員人事を仕切る上田達郎専務が総務・人事本部長、事業企画部統括との兼任で中国・アジア本部長に就いた。
生産能力を20年代前半までに現状の約2倍の200万台に拡大する計画。習近平国家主席肝煎りプロジェクトにいち早くはせ参じれば、中国当局の評価も高まり、事業拡大の行政手続きも円滑になるだろう。しかし、中国に投資すれば、トランプ氏から目をつけられ、自動車に高関税をかけられるリスクもある。中国の誘いを断れば、再びメンツを潰すことになりかねない。トヨタは米中貿易摩擦の板挟みになっているとも言える。
※週刊朝日 2018年11月23日号より抜粋
