カシオがもたらしたデジカメの歴史を振り返る
2018年5月9日。カシオ計算機のコンパクトデジカメからの撤退が報道されると、多くのカメラ好きはその場で黙祷(もくとう)した。いやさすがに黙祷まではしてないか。
でも、そのくらいのできごとだったのである。
コンパクトデジカメ市場がここ数年で急激に縮小して復活の兆しはなく、カメラメーカーというわけでもないカシオ計算機が撤退するといっても驚きはないかもしれないが、デジタルカメラの歴史を知る人にとっては黙祷レベルのできごとだったのだ。
そんなカシオの歴史を振り返りつつ、哀しんでみたい。
●1995年春 「QV-10」が歴史を変えた
なんといってもカシオといえば「QV-10」。
1994年秋に発表され、1995年3月に発売された「元祖デジカメ」(的な感じ)だ。
世界初のデジタルカメラってわけじゃない。最初に製品化されたデジタルカメラは1980年代終わりに登場しているし、民生向けでも1994年にはアップルから「QuickTake100」というデジタルカメラが発売されている(製造したのはコダック。Mac専用)。
じゃあなぜQV-10がそこまで重要エポックメイキングだったのかというと、3点。
・世界初の「液晶モニター」搭載カメラであったこと。つまりそれまでのデジタルカメラはモニターがなく、撮ってみないと分からない、撮った写真をビデオ出力するかPCに取り込むまで確認できなかったのだ。
・6万円台という低価格だったこと:前述のQuickTake100は確か10万円前後だったかと思う。6万円ならなんとか衝動買いできる価格だ、と思った記憶がある。
・レンズ部が回転したこと:世界初の自撮り対応コンデジ!
一般に液晶モニター搭載がスゴかったといわれるけど、個人的には「回転式レンズ」が衝撃だった。だって目の高さで撮らなくていいんですよ。光学ファインダーの呪縛から逃れられるんですよ。
そういう意味では写真をかなり自由にしたのがQV-10だったのであり、レンズ回転式がチルト式モニターに継承されたと思えば、QV-10がその後のデジタルカメラの運命を決めた「元祖デジタルカメラ」といっても過言ではない製品だったのだ。
画質は……20万画素相当で今見るとかなりヤバいけれども、購入前はそんなこと分からないから、そこに未来を感じて「将来、写真もデジタル化されてPCで自在に扱う時代がくる」と思っていたわたしは1995年の春に即座に購入したのだった。
ちなみに当時の画質をどうぞ。
さて、なぜカメラメーカーでも何でもないカシオがQV-10を作ったか。
2015年、報道向けにQV誕生20周年イベントが行われたとき、当時の企画書の一部が公開された。当初は「カメラテレビ」。ポータブルテレビにカメラがついた製品を目指しており、最後にテレビ機能が外されたのだ。
そのときの3つのコンセプトが興味深い。
未来を先取りしているのが分かる。
特に重要だったのはビジュアルコミュニケーションだ。
文字通り、QV-10をいち早く購入したユーザーは、撮った写真をこのモニターで友人等に見せ、自撮りをし、口コミでユーザーが広がっていったのである。
●カメラメーカー台頭によるQVの低迷期
QV-10の予想外の成功はカシオにとって早すぎたのかもしれない。当然、カメラメーカー・家電メーカー各社も小型デジタルカメラの開発は進めていたわけで、追いかけるように1996年から7年にかけて富士フイルム、オリンパスを筆頭にソニー、コダック、リコーと多くのメーカーが35万画素のセンサーを搭載して参入。
一気に群雄割拠となり、カシオも望遠レンズと切り替えて使える「QV-30」や、35万画素に画素数を上げた「QV-100」や「QV-300」と次々と投入するが、本職のカメラメーカーに比べると、あるいはデジタル化されたカメラを目指した各カメラメーカーとビジュアルコミュニケーションツールを目指したカシオの差といってもいいのだが、どうしても画質面で見劣りするのは否めなかった。
それでも、光学ズームの時代になり、1999年には130万画素で8倍ズームレンズを搭載したQV-8000SXを投入するなど、レンズ回転式のQVシリーズは個性を発揮していた。
2000年になるとキヤノンが「IXY Digital」を投入。コンパクトデジカメ市場が一気に動き出し、斬新で意欲的なデザインのカメラより四角くてコンサバな昔ながらのカメラっぽいカメラが主流になり、カシオにとってはつらい時代になる。
●カード型「EXILIM」で息を吹き返すカシオ
だがしかし、カシオがおとなしくしているわけがないのであった。
2002年、何の前触れもなくまったく新しい製品が登場する。「ビジュアルコミュニケーション」の原点に立ち返った、「EXILIM S1」だ。
ズーム倍率が上がり画素数が上がり、カメラとしての高性能を追求する製品が主流になる中、カシオは「ズームなし」「フォーカスは固定」、でも厚さは11.3ミリで重さは約100グラムでカードサイズというウェアラブルカメラを目指してきたのである。
名刺入れに入れるかどうかはともかくとして、薄くてどのポケットにも入り、起動も撮影も速くてサクサク撮れるという、他社とはまったく異なったカメラの誕生である。
ここで原点に返ったといっていい。薄くて軽くてズームはないけどサクサク撮れるというので人気を博したわけである。
EXILIMもこのあと時代の波に呑まれるように光学ズームレンズを搭載した「EXILIM Z」シリーズを出して定番コンデジとしての地位を得るに至るのであるが、2004年に出した超薄型光学ズームモデルの「EX-S100」は特筆すべき存在としておきたい。
さてEXILIMもいち早く液晶モニターを大型化し、バッテリー持続時間を大幅に伸ばし、高倍率ズーム化を経て、以前のような「カードサイズ」ではなくなったものの、EXILIMらしさを持つ普通のコンパクトデジカメとなっていき、それに伴ってQVシリーズも終了したわけだが、その辺は割愛。
個人的には、バッテリー寿命を他社よりぐっと延ばしてきた(確か、500枚撮れる!ってのがウリだった気がする)のを評価したい。
●2008年「ハイスピードEXILIM」の誕生
さて2008年、久々にカシオが動く。
ソニーが開発したまったく新しい「超高速センサー」を搭載し、いちはやく「超高速連写」(シャッターを押す前から記録してるパスト連写とか、秒60コマの超高速連写とか、ハイスピード動画とか)をウリとしたカメラを発表。
「EX-F1」である。
大きめのボディに価格も10万円を超えていたが、「次の未来が来たな」感満載のデビューとなった。
今となってはスマホですらハイスピード動画を撮れるのだからおそろしい。
EX-F1の技術は2009年に「EX-FC100」というコンパクトサイズの超高速カメラという形で結実する。
これは特筆すべき機種としてチェックしておきたい。
そして「Hi-Speed EXILIM」シリーズが誕生し、その後の主力モデル「ZRシリーズ」となるのである。
最初のZRは2011年の「ZR100」。1200万画素で12.5倍ズーム。その後のZRシリーズはほぼこれがベースになる。2011年のことだ。
かなり端折ったのでスルーしちゃったシリーズもあるけれども、おおまかにいえばこんな感じだ。
●2011年 日本では売れなかったが一部で大ヒットとなったTRシリーズが誕生する
さて「iPhone 3G」の登場が2008年。徐々にその影響がコンパクトデジカメの市場に影響していくことになるわけで、ZR100が登場した2011年はすでにその萌芽がみえはじめていたころだ。
その年、カシオはまたもや原点回帰を果たした超絶モデルを発表する。
TR100である。
超広角の単焦点レンズを搭載した薄型の自撮り対応カメラ。
回転するディスプレイに加えてフレームを開くとぶら下げたりその辺に置いたり手に持ったりできて、文章だとよく分からないので発表会の写真をどうぞ。
このようにモニターが回転したりフレームを動かしたりしていろんな撮り方ができるのである。
これ、めちゃ面白いのだけど売れなかった。単焦点モデルにしては価格が高めで、自撮りしない人には使いどころが難しかったのかもしれない。
でも、香港で火がついた。
これ、デフォルトで美肌機能(ビューティー機能)がかかる仕様になっていて、香港の人気モデルがそれで撮った自撮り写真をどんどん公開したところ、あのカメラはなんだってんで爆発的なヒットとなったのである。自撮り文化が強い東アジア方面でネットをきっかけにヒットしたのだ。
日本の在庫も全部観光客が買っていったといわれるくらい。
あまりの人気に、後継機は日本で発売されず(1回だけちょっと発売されたけどあっという間に終わったとか)、東アジアでは女子向け高級コンデジとして定着したのである。
なんとも面白い。後継機のデザインもどんどん女子向けに変わっていった。
●2014年カメラが分離する「FR100」
2014年、またもやカシオがデジカメ市場に挑戦する。TRを超えたフリースタイルを実現したFRシリーズだ。
これがもう究極のフリースタイルというか、初めてカメラに液晶モニターを付けたカシオが、とうとうカメラとモニターをワイヤレスで切り離しちゃったというか。遠隔自分撮りカメラというか。
アウトドアで自由に撮影を楽しもうってことで、カメラ部をおでこにつけるバンドとか、高所から撮るための(ドローン風の絵になる)長いロッドとかいろいろ出て楽しいカメラで、なおかつ防水で、魚眼レンズの「FR200」まで出た。
Bluetoothでカメラ部とモニター部が常時接続されるというのがミソだ。省電力Bluetoothをうまく取り入れた格好である。
ただ新しすぎて定着するには至らなかったようだ。
●スマホへの自動転送機能を初めてつけたのもカシオだったが
と、こうしてQV-10からの歴史を概観してみると、カシオは何度もコンパクトデジカメのトレンドを作り、(時には失敗もしつつ)新しいジャンルに挑戦してきた会社というのが分かる。
往年の「カメラ」という枠に囚われない製品を作ってきただけに、今回の撤退は実に残念。
さて話ははじまりにもどり、おわりがはじまる。
1995年、カシオは「ビジュアルコミュニケーション」をコンセプトにQV-10を作った。それがカシオの原点であり、ときどき市場に振り回されはするものの、煮詰まると「ビジュアルコミュニケーション」という原点に立ち返った新しい製品を作り出してきたわけだ。
でも、2008年のiPhone 3Gを筆頭に、スマートフォンが普及し、カメラ機能が向上するに従って、「ビジュアルコミュニケーション」ツールの主役の座が完全にスマートフォンに移る。
「コミュニケーション」はスマートフォンが一番得意とするところ、というかそれが本職だからだ。
カシオも当然それを分かっているわけで、いち早くBluetoothを利用したスマートフォンへの自動転送機能を開発し、スマートフォンと連携を図ったが、それでも大きな流れには抗えなかったといっていいんじゃなかろうか。
頼りだった東アジア市場の自撮りカメラTRシリーズも、中国韓国系のスマートフォンがカメラ、特に自撮りにすごく力を入れてきておりクオリティもここ1〜2年で飛躍的に上がった影響を受けたと聞いている。
カシオがQV-10で目指したビジュアルコミュニケーションのためのカメラという新しいジャンルはスマートフォンに受け継がれたのである。
映像事業から完全撤退というわけではないそうなので、「カメラ」という型に囚われない、新しいジャンルの製品をまた作って欲しいと願う次第。
そんなわけで、最後に、カシオが最初に出したQV-10と、最後に出した(日本未発売の)「TR mini」(TR-M11)のツーショットをどうぞ。QV-10はわたしの私物。TR miniは山田久美夫さん所蔵のもの。先日ヒマナイヌスタジオで行われたイベントでの撮影です。