AKGが考える現代のイヤフォンシーン 「N5005」レビュー
「N5005」「K3003」併売の意味を比較試聴で考える
「AKG『K3003』は唯一無二のハイブリッドイヤフォンである」と、僕は考えている。ダイナミックとバランスド・アーマチュアによるK3003のハイブリッドサウンドを初めて聴いた時の鮮烈な印象はいまだに忘れられない。それと同時に、いまだにK3003を超えるハイブリッドイヤフォンを僕は聴いたことがない。ソニーをはじめとした各社がこの方式に挑戦しているが、ほぼ例外なく、上の帯域と下の帯域で音がケンカしているのだ。それがK3003にはない、故に唯一無二なのである。そのAKGが今年1月のCESでN5005を発表というニュースを目にした時、僕はココロがときめいた。なにしろK3003を発表した2011年以来、実に6年半ぶりのフラッグシップモデルである。
ところで販売元のハーマンインターナショナルは、旧フラッグシップのK3003とN5005を併売するという。つまり「N5005はK3003を超える山ではなく、両者は別の場所にそびえる双峰」ということ。2月に中野で開かれたポタ研でN5005の音を軽く聴いた時、このハーマンの方針に僕は深く同意をしたと同時に、もっとしっかり比較をしたいと感じた。
というわけで、期待の新モデルN5005と対をなすK3003をじっくりしっかり試聴し、2回に渡ってレビューする。まずは期待の新モデルであるN5005からだ。
Nシリーズの流れをくむ“イマドキ”のパッケージ
まずはとても豪華なパッケージから。ゴツい化粧箱の中には3種類のイヤーチップのほかに、メカニカル・チューニング・フィルター/シリアル入り専用キャリングケース/フライトアダプター/クリーニングツール/シリアル番号プレートなどが入っている。そんな中で最も注目すべき付属品が、3.5mmアンバランス/2.5mmバランス/Bluetoothという、純正のリケーブル群。これがK3003から大きく異なる、N5005最大のアップデートポイントと言って差し支えないだろう。
K3003発売から6年半の間に、ポータブルオーディオを取り巻く情勢は大きく変容した。“iPod classicとポタアン”という組み合わせが定番だった“音質派ポータブル”の情勢は、2012年発売の「AK100」にはじまるAstell&Kernなど、ハイレゾ対応DAPの隆盛で一気に覆る。それと同時に、ハイエンドホームオーディオでは一般的なバランス駆動がポータブルにも出現し「高級イヤフォン・ヘッドフォンはリケーブルができて当たり前」という常識がすっかりと定着した。N5005のパッケージングは、そんな“わずか6年間”の変化を如実に表している。
また、純正のBluetoothケーブルを同梱しているという点にも注目したい。正直なところ、ユーザーの多くが音質重視と思われる本機に、伝統的に圧縮がかかり駆動力もハンデを負うBluetoothケーブルを付ける必要があるのかと、僕は少々疑問に思う。だがしかし、iPhoneのオーディオジャック決別を機に、近年はワイヤレスイヤフォンの勢いが一気に増しているわけで、これも時代の流れを表すものと言えるだろう。ちなみにソニーやゼンハイザーなどで採用例が増えている4.4mm 5極端子のケーブルは同梱されていない。イヤフォン側のプラグはMMCXだが、メーカーによると市販のケーブルは少々挿しにくいのだという。なので、4.4mm 5極端子ユーザーは今後のメーカー対応待ちだ。
製品の形としては「N40」などの流れをくむNシリーズのデザインだが、実際に着けてみた感触はダイナミックを含めて5つものドライバーを詰め込んだモデルだけあって、ハウジングが少し大きい。そのため耳が小さい人にはフィッティングの問題が出ることが予想される。実際僕の耳にもフィット感は今ひとつで、付属イヤーチップのサイズを変えてもしっくりくるものはなかった。もし購入を検討しているならば、試聴でフィッティングまで確かめることをオススメする。
音のパワーとしっかり出る高音が特徴
実際の音を確かめてみた。まずはリファレンスとして「Hotel California」「Waltz for Debby」、そしてヒラリー・ハーンの「バッハ:ヴァイオリン協奏曲」の3曲でチェック。プレーヤーはQuestyle「QP2R」を使用した。
最初のHotel Californiaで一番に感じたのは、上から下までガッツリと音が出てくるということだ。低音分厚くて音が太く、とにかくパワーがある。ボーカルなどは非常にエネルギッシュで、ど真ん中で定位が安定しているのが印象的だ。
それと同時に、発音ポイントが判りやすいとも感じた。ギターの撥弦はガリッとしており、細いスチール弦を使うアコギの高音と、エレキギターとの音の違いが鮮明で、音の細さ・太さの対比が非常に鮮やかだ。それにしてもこのイヤフォン、パワー全開な感じが凄い。音の高低や大小を問わず、どの音もとにかく出てくる。全域に渡ってとにかくフラットで、変なクセはほとんど感じない。
ただし、音の色気はちょっと薄い。確かに凄い音ではあるのだが、のめり込むような魅力というか魔力というか、そういったやみつきになるものはこのイヤフォンの音からは感じられない。強いて言うと、アコギの高音にAKGらしいキラメキを感じるといったところだ。
次はジャズの定番Waltz for Debby。Hotel Californiaと同じく、やはりどの音もしっかり出てくる。上から下まで極めて自然で隙がなく、ハイブリッドの泣き所であるクロスオーバーの不自然さも嫌味な感じもない。それがこのイヤフォンの大きな強みだと思った。
ダブルベースの弦を触る感じ、弾くニュアンスに、とても弾力を感じる。ポンポンというマルカートの音がとても心地良く、パワーとしなやかさの両立が必要なこの感覚は、バランスド・アーマチュアだけではなかなか出しにくい。音色に関しては、この曲を聴く限り傾向は少々ウェット目。特にスネアのブラシがしっとりしている。ピアノも実に骨太な音で、変に硬質な感じ、キンキンした感じはしない。それだけに鍵盤を叩く爪の音や弦を爪弾くカチッとした音との対比を、アクセント的に強く感じる。低音の弾みと高音のカリッとした質感の両立、これこそハイブリッドドライバーの大きな魅力のひとつだ。
ヒラリー・ハーンのバッハ ヴァイオリン協奏曲は、音の太さをさらに強烈に感じた。ヒラリー・ハーンのバイオリンはかなりの存在感で、それでいて悪目立ちせずにバックの楽団とうまく溶け込んでいる。音のパワーと太さがなせる技だ。嫌味なキンキン音もせず、いぶし銀的、あるいは艶消しマットブラック的な質感も魅力に感じた。
通奏低音のチェンバロと上のバイオリンが喧嘩しないのも特筆点である。あまりよろしくないハイブリッドタイプだと、こういう音色の違う高音と低音で位相がズレて聴いていられなくなるのだが、N5005ではそういったことはない。正しくAKGハイブリッドモデルの血統だ。
ただ、正直言うとこのイヤフォンの音は面白みに欠けると僕は感じる。特に顕著なのがダ・カーポ前のバイオリンソロだ。ヒラリー・ハーンのバイオリンはリファレンスとして様々な機器で何度も聴いているが、真に素晴らしいシステムではもっと強烈な倍音を伴った、身悶えする様な音がする。それが聴けるか否かが、僕がこの楽曲で最も重視している点だが、残念ながらN5005にはそれがない。この音の艶の有無が、N5005最大の泣き所だと僕は思う。
音像と音楽の表情をありありと描き出す
ここからは最近何かと話題のMQA音源をいくつか聴きたい。“CDサイズにハイレゾクオリティ!”という触れ込みのMQAだが、僕が思うにオーディオとしてMQA最大のご利益は“立体感の増強”だ。詳しい説明は省略するが、MQAの特徴である「デ・ブラーフィルター」を通した、10μ秒の精度による音をどれだけ描ききるか。この瞬発力がこれからのオーディオに求められるだろうと僕は考えている。なので今回の試聴も、音の立体感、瞬発力、信号に対する反応の良さといった点を中心に聴いてゆく。プレーヤーはソニー「NW-WM1A」を使った。
まずは「Karajan The Best of Maestro」から、ベルリンフィルを指揮した「アルルの女組曲第2番 ファランドール」。音源を持っているワーナーミュージックは、大手の中で最初にMQAに取り組んだレーベルのひとつ。音源は何十年も前の古いマスターテープを使っているが、入念な修復作業とリマスターで、見事に現代のデジタルオーディオに復活している。時代を象徴する巨匠カラヤンが「楽壇の帝王」と呼ばれていた頃の、最もパワーと勢いのあるオーケストレーションを、最先端のオーディオ技術で文字通り“再生”する。
実際の音は「豪華絢爛!」と表現するのが実に相応しい。半世紀前の録音とは思えないほど響きが豊かで、音がきらめいている。とても派手で、それでいて音がエネルギッシュ。「ザ・カラヤン」と思わず口から出てくる。上から下まで隙のないN5005との相性もバッチリで、カラヤンの大オーケストレーションを小さなポータブルで余さず表現している。
それにしても、とにかく音数が多い。MQAらしい、見通しの良さをキッチリ出しきっている。特に感じるのはベルが舞台下手に向くホルンの奥向きの響きと、バイオリンが楽器の上向きへ放射する響きのミックス感だ。ホルンは前向きに音が飛ばず、基本的にステージ上のひな壇や反響板に向けて音を出す。そのため奏者は常に反響音を想定し、前に音が出る楽器よりも一歩先んじて音を出すのだ。対してバイオリンは楽器の胴によって擦弦音を幾重にも響かせてホール中へ放出する。このバイオリンとホルンが織りなすハーモニーの、何と饒舌なことだろう! この重奏感こそ、オーケストラの醍醐味のひとつだ。
プロヴァンス地方の舞曲であるファランドールは、8分の6のリズムをタンバリンが刻むのが大きな特徴だ。カラヤンによるベルリンフィルの演奏では、このタンバリンのベル音がすごくよく立っている。加えてオペラのクライマックスに演奏される曲でもあり、弦セクションとは違う、威風堂々とした金管楽器の強烈なパワー感をカラヤンは全面に押し出している。そのスピード感は凄まじく、3分半の演奏が駆け抜ける様に過ぎ去ってゆく。まるで祭りの狂乱の様子そのものに引きずり込まれる感覚だ。
次は「TVアニメ『ガールズ&パンツァー』オリジナルサウンドトラック」より「カチューシャ」のボーカル入りバージョンを選曲。ランティスはアニメ業界の中でもハイレゾに早くから取り組んできたレーベルで、中でもガルパンのOSTはハイレゾ配信最初期の、ハイレゾアニソンを牽引してきた存在だ。
カチューシャの聴きどころは、何と言っても上坂すみれさん演じるノンナのロシア語歌唱だ。ロシア文学の専門家とガチトークで盛り上がるくらいのロシア通として知られる彼女の、本場仕込みの発音による歌に注目したい。
その音はと言うと、カラヤンと比べるといささか平面的な印象だ。その代わりすみぺと金元寿子さんのボーカルが凄まじく立体的で、主役がググッと引き立っている感じがする。吹奏楽バンドに関しては、グロッケンのコツンという鍵盤打楽器特有の打鍵感、金属質な質感がとてもよく出ている。吹奏楽をやっていた人ならば、この音の感じにハッとするのではないだろう。
それにしても上坂さんのロシア語は美しい。とても滑らかな発音を鮮明に描き出しており、巻き舌の口元まで見えるようだ。逆にバンドの音は少々眠たく、もう一声欲しくなる印象を受けた。丁寧な音ではあるけれど、眼前で歌っている様なボーカルの臨場感とは明らかに音の雰囲気が違う。うーん、現代のポータブルはそこまで聴き分けさせてしまうものなのか。
最後はジョン・コルトレーンの名盤「My Favorite Things」。ピアノトリオの伴奏をバックに、コルトレーンが演奏するソプラノサックスが弛緩した雰囲気のメロディーを紡ぐ。独特な音色のサックスに耳を奪われがちだが、それを支える雰囲気をリズムセッションがどう創るか。このバランス感覚が聴きどころ。どちらかが目立ちすぎてもダメなのだ。
N5005による演奏は、音の粒立ちがハッキリしたものだった。特にシンバルが非常に新鮮でフワッと浮き出るような印象を受ける。ダブルベースは高音よりも暖かい響きで、良い意味でドライバーの違い・個性を感じる。
だがしかし、ソプラノサックスの色気はもう一歩欲しいところ。高解像度だが全体的に一歩引いた位置から冷静に観察しているような、クールでドライな印象を受ける。リアルだが音楽に浸るという感じではないサウンドは、少々残念だ。あるいはモード・ジャズとしては、その方が正しいのかもしれないか……。
“音”はリアルだが、“音楽”はどこだろう?
今回聴いたN5005の印象は「現代のAKG」。ハイレゾ時代に入って好まれる強いフラット傾向と、あらゆる部分で押し出しの強いパワフルなサウンドをどの音源でも感じた。これは僕が2月のポタ研でほんの数分試聴をした印象そのままだ。どこを切り取っても身が詰まっており、どんな音源でもそつなく鳴らす、そんな“失敗をしない”イヤフォンというのが、今回の試聴の結論である。もっとも、多ドライバーということもあり、しっかり鳴らすには相応のドライブ力が求められるわけだが。
ではこのイヤフォンが欲しいかと問われると、僕はちょっと考え込んでしまう。何故かと言うと、かつてのK701やK3003で感じた、身悶えするような色気、音楽に引き込まれる感覚というものを、N5005の音からは感じなかったからだ。良いイヤフォンであることに間違いはない、だが、好きなイヤフォンではない。僕が好きなものは必ずしもフラットではない、音と音楽に個性を感じる人間的なものだ。単なる音声情報ではなく、時に熱狂し、時に涙する、正しいのではなく愉しい、そんな音楽を僕は聴きたいのだ。
それでも僕は、N5005の登場を心から歓迎したい。何故ならK3003と併売されるからだ。ある程度の一貫性を確保しつつ、オーディオブランドとして異なるサウンドのモデルを同時にラインアップする、これは素晴らしいことだと僕は主張する。もう少し踏み込んで言うと、N5005は正確無比なフラット音、K3003は熱狂や感涙の音楽だ。
次回はK3003を試聴して、AKGが両者を併売する意味を考えたい。今回と併せて、お目通しいただければ幸いだ。
