台湾海峡で傍若無人な中国 一方的な航空路変更、緊張高まる
□九州総局・佐々木類総局長
台湾海峡を挟む航空路をめぐり、中国の一方的な現状変更に台湾当局が反発を強めている。「海洋強国」を目指す中国の習近平政権が、軍事力を背景に台湾の蔡英文政権への圧力強化を図る一環とみられる。蔡政権は台北駐福岡経済文化弁事処などを通じ、日本や国際社会への連携強化を求める。日本政府は今のところ静観の構えだが、台湾と経済的にも人的にも太いパイプを持つだけに、対岸の火事では済まされない。
台湾への揺さぶり
この問題は、中国政府が年明け早々の今月4日、台湾当局との取り決めを無視する形で、現状を変更する航空路の使用を発表したことに端を発する。
2013年11月、尖閣諸島(沖縄県石垣市)の上空に突如、防空識別圏の設定を宣言した延長線上にあるといってよい。軍事力を背景に現状変更を企てる姿勢は、当局者間の合意などどこ吹く風と、耳に入らぬ傍若無人ぶりだ。
昨年10月の共産党大会で、台湾の蔡政権への強硬姿勢を鮮明にした中国の習国家主席は、台湾統一を「必然の要求」と位置付ける。その前提に立ち、政治・軍事的な圧力だけでなく、対話や経済交流など硬軟織り交ぜながら蔡政権に揺さぶりをかけている。
現状変更の内容は、南下しか認められていなかった台湾海峡の中間線に近接する路線の北上と、そこから枝分かれするように大陸とを結ぶ3本の航空路の使用を始めたことだ。
台湾で対中政策を主管する行政院(内閣に相当)大陸委員会は、中国側が発表したのと同じ日に、直ちに抗議声明を発表した。
蔡総統もSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のツイッターに、英文で「地域の安定に寄与せず、絶対に避けるべきだ」とした。
中台双方は15年1月、中国民航機による、中台中間線付近での南下航路の使用では合意していた。
だが、今回、勝手に北上を宣言し、合意になかった軍用機まで飛行しているのが確認されたという。
さらに、この航路から大陸に向け枝分かれする3本の航路が、台湾本島と大陸に近い金門島といった島嶼(とうしょ)を結ぶ航路の安全に影響を与えかねないことから、使用を開始する場合は事前協議することになっていた。
海洋覇権への布石
わが国にとって深刻なのは、これが中台両岸関係だけの問題にとどまらず、中国の習近平政権が東、南両シナ海の内海化を狙い、既成事実を積み上げているとみられることだ。
実際、台湾の大陸委員会は抗議声明の中で「民間航路の名を借りて台湾への政治的、軍事的な企てを隠すものであり、台湾海峡の現状を変更しようとする意図が疑われる」としている。
台北駐福岡経済文化弁事処(福岡市中央区)の戎義俊処長は産経新聞の取材に対し「事前協議をしない一方的なやり方は安全を損ないかねず、受け入れられない。両岸関係に影響する全ての深刻な結果は、中国大陸側が責任を負わねばならない」と述べた。
台湾当局は46の在外公館を通じ、各国に台湾側への理解と協力を求めている。台湾の抗議に対し、中国側からは今のところ回答はないという。
中国は現在、南シナ海のスプラトリー諸島(中国名・南沙諸島)での軍事拠点化に躍起だ。昨年7月には、中台中間線付近で爆撃機を飛行させ、スクランブル発進した台湾空軍機と一触即発の緊張を招いた。
わが国周辺では今月10日から11日にかけ、尖閣諸島の接続水域で中国潜水艦が初めて潜没航行し、海上自衛隊の対潜能力を試しつつ、領海を伺う挑発行動に出た。
今回の航路の問題も人ごとではない。
台湾の中央通信社によると、米国務省は中国の平和を乱しかねない姿勢に対し「一方的な現状変更に反対する」(ブライアン・フック上級政策顧問)との見解を示した。
日本政府は「技術的な問題なので、当事者で適切に処理してほしい。日本がどうこういう話ではない」(外務省筋)とそっけない。
ただ、中台両岸関係について、日本政府も発言すべきときは発言してきた。
昨年5月、台湾が世界保健機関(WHO)から閉め出されそうになった際、日本政府は従来通りオブザーバー参加を支持する考えを表明した。
結果的に台湾の参加はかなわなかったが、国際機関を私物化する中国の姑息(こそく)なやり方に、異議を唱えた効果は小さくはない。
わが国は、台湾の国際民間航空機関(ICAO)への加盟支持や、米国など国際法を尊重する国・地域との連携を強化し、中国の強引な姿勢に待ったをかけていく必要がある。
