NHK受信契約、テレビあれば「義務」最高裁が初判断、受信料制度の合憲判断で

NHK受信料、消費生活センターへの相談10年間で「5万5千件」…裁判記録から判明

NHKの受信料徴収などをめぐり、全国の消費生活センターに寄せられた相談が2007年度〜2016年度の10年間で5万5344件にのぼることが分かった。弁護士ドットコムニュースが受信料をめぐる裁判記録を閲覧したところ、資料を発見した。

件数は年々増加しており、2016年度は8472件あった。具体的な内容は50件しか記載されていないが、「強引に契約を結ばされた」「視聴していないのに、払わなくてはならないのか」といったものが多く見られた。

NHKは2019年からのネット同時配信を目指している。NHKの検討委員会が6月27日に発表した答申案によると、テレビを持たない世帯(総世帯の約5%)のうち、ネット接続端末を所持し、視聴のための「何らかのアクション・手続き」をとった者に対し、受信料を求めることも検討するという。徴収の範囲・方法によっては、混乱・反発は必至で、今後、受信料制度の必要性を丁寧に説明することが求められそうだ。

●10年で4倍超、外部徴収員の強引な契約方法に苦情

資料は国民生活センターが、全国の消費生活センターに寄せられた相談情報を集計したもの。具体的な相談内容は50件しか記載されていないが、ほとんどが受信料をめぐるトラブルとみられる。

この資料は、徴収スタッフとのトラブルで、東京都の女性がNHKを訴えていた裁判の証拠として提出された。弁護士ドットコムニュースが、裁判記録の閲覧を裁判所に申請して発見した。通常、国民生活センターは個別の企業・団体についての統計を公表しないが、女性側の弁護士が弁護士会照会を行い、資料を請求していた。

資料によると、2007年度に1926件だった相談件数は年々増加し、10年後の2016年度には4倍超の8472件になった。NHKが発表している2016年度末の受信料の推定世帯支払率は78.2%で、公表を始めてから5年連続で上昇中。NHKは徴収業務の外部委託を進めており、徴収の強化が影響しているとみられる。

また、業者の徴収スタッフは契約数に応じて報酬が変動するのが通常で、「受信設備を設置した者は…契約をしなければならない」(放送法64条)を盾に、十分な説明をしないまま、強引に契約させてしまうトラブルが少なくないようだ。

50件の具体例の中には、「夜8時過ぎに一人暮らしを始めたばかりの娘のアパートに徴収員がきて、強引に契約を迫った」「テレビもワンセグも持っていないが、受信料を払うことは法的に決まっていると執拗に迫られて契約してしまった」などの記載が見られる。また、衛星放送契約やワンセグ機能付き携帯電話での契約をめぐり、「視聴していないのに支払わないといけないのか」といった相談も複数見られた。

●若者世代や高齢者世代のトラブルが顕著…80代以上の報告が4000件以上、100歳代も

この衛星放送契約をめぐっては、「衛星放送の受信装置もないのに、受信契約を7年も前にしていることが判明した。高齢の母が訪問して来た担当者に言われるがまま契約してしまったものと思われる。解約返金交渉したが、解約はできるが返金は難しいと言われてしまった」という相談もあった。

実際にこうしたミスは少なくないようで、NHKは6月27日、衛星放送の受信設備がない世帯に対し、契約書を書き換え、衛星放送契約にするなど不正手続きが4件あったと発表。衛星放送を受信できないのに誤って契約を結んだケースも243件あったとしている。

こうしたトラブルに巻き込まれるのは、若者世代や高齢者世代が多いようだ。2017年4月1日〜7日までの相談5件も加えると、契約当事者の年齢でもっとも多いのは20代で7074件、60代が7032件で続いた。10代も5531人という記録が残っている。また、高齢者では、80代が3622件、90代が477件、100代も11人いた。

NHKネット受信料 「公平性は保たれるべき」「強制的な負担を危惧」

 NHKが平成31年度開始を目指すインターネットでの番組同時配信。NHK会長の諮問機関「受信料制度等検討委員会」は6月、パソコンやスマートフォンで視聴する世帯からも負担を求めることに合理性があるとの答申案を提出した。NHKは受信契約を結ぶ世帯への「無料サービス」とする考えを示しているが、将来的には「ネット受信料」を徴収する可能性もある。中央大研究開発機構フェロー・機構教授の辻井重男氏と、筑波大准教授の掛谷英紀氏に見解を聞いた。(文化部 本間英士)

■辻井重男氏「公平性は保たれるべき」

 --ネット受信料の徴収についてどう考えているか

 「基本的に賛成だ。仮にネットでの視聴を無料にした場合は、受信料を支払っているテレビ視聴者に不公平感が高まるおそれがある。放送法64条は、『放送を受信することのできる受信設備を設置した者』に対して、契約義務があるとしている。公平性は保たれるべきだ」

 --なぜNHKは番組をネットで配信しようとしているのか

 「テレビを見ない層が増えているためだ。NHK放送文化研究所の調査によると、平成27年の20代~50代の『テレビを見ない人の割合』は平均約10%で、5年前の約5%から倍増した。とりわけ若者の『テレビ離れ』が本格化しないうちに、放送の仕組みや受信料の体系を根本的に変える必要がある」

 --テレビを所持する人は減る一方で、スマホの所持者は7割近くに増えるなど、番組の視聴環境は近年大きく変化した

 「そもそも番組を配信するうえで、テレビというメディアにこだわる必要はない。大切なのは、(テレビの)電波やネットといった『伝送媒体』ではなく、番組の中身そのものだ。NHKは、ネット配信はあくまで『放送の補完』と位置づけているが、放送法を早急に改正し、『本来業務』としてネットでの配信事業を強化すべきだ」

 --徴収実現までの課題は

 「NHKのネット本格配信について、民放は『民業圧迫』などとして強く反発しており、よく話し合う必要がある。ただ、放送と通信の融合は、今後世界中でますます進んでいく。あまりにゆっくりしていると、世界の潮流から取り残されてしまう」

 --どういう形での視聴・徴収方法が望ましいか

 「視聴するためにはまず、スマホやパソコンに専用のアプリをダウンロードする仕組みになるだろう。ただ、このご時世に受信料を徴収することの難しさは重々承知している。まず所得に応じて割引する手法や学割が考えられる。さらに、テレビとスマホの両方で見る人と、スマホだけで見る人の間には料金の差を付けるべきだ」

 --NHKに求められていることは

 「海外の生の情報を入手することに加え、日本の魅力を海外に発信する使命もある。高い視座と長期的な視点を持った番組を作ってほしいが、情報を集めるには取材拠点の確保や維持など、お金がかかるものだ。ネットでフェイクニュース(偽のニュース)が横行している時代だからこそ、情報のチェックを行う放送の責任は重い。今後は人口減により、受信料収入の減少が見込まれる。だからこそ、受信料をさまざまな切り口から、なるべく平等に負担する必要があるだろう」

 〈つじい・しげお〉昭和8年、京都府出身。84歳。東工大卒。専門は情報セキュリティー。平成17~18年、次世代の公共放送のあり方を考える「デジタル時代のNHK懇談会」座長。

■掛谷英紀氏「強制的な負担を危惧」

 --ネット受信料が検討されている

 「動画配信サイトの『ニコニコ動画』や『ネットフリックス』のように、NHKの番組をネットで見たい人だけがお金を支払うシステムであればいいと思う。だが、そうではなく、スマートフォンやパソコンを持っているだけで強制的に一律負担を求めるような仕組みは反対だ」

 --その理由は

 「公平性を欠くからだ。そもそも、NHKを見る見ないに関わらず、テレビを持っているだけで強制的に徴収する現行の受信料制度自体、多くの問題をはらんでいる。今後、もしスマホを持っているだけでネット受信料を徴収されるようになれば、NHKはさらなる反感を買うだけだろう」

 --なぜNHKは受信料の徴収に熱を入れるのか

 「テレビを見る人が減少傾向にあるためだ。昔と違い、今はスマホで動画を見たり、記事を読んだりするなど、情報を取得するルートが多様化している。それに、最近のネットメディアは発達しており、勉強になる番組や記事も多い。私自身、最近はテレビをあまり見なくなった。少子化もあいまって、このままだと受信料の徴収が難しくなり、NHKが現在の取材態勢や給与体系を維持するのは困難になる」

NHK受信契約、テレビあれば「義務」 最高裁が初判断

 NHKが受信契約を結ばない男性に支払いを求めた訴訟で、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は6日、テレビがあればNHKと契約を結ぶ義務があるとした放送法の規定は「合憲」とする初めての判断を示した。事実上、受信料の支払いを義務づける内容だ。男性は受信契約を定めた放送法の規定は「契約の自由」を保障する憲法に違反すると主張したが、最高裁は男性の上告を退けた。

 判決は、NHKからの一方的な申し込みでは契約や支払い義務が生じず、双方の合意が必要としたが、NHKが受信料を巡る裁判を起こして勝訴すれば、契約は成立する、と指摘した。

 争われたのは、2006年3月、自宅にテレビを設置した男性のケース。NHKは11年9月、受信契約を申し込んだが「放送が偏っている」などの理由で拒まれ、同年11月に提訴した。

 1950年制定の放送法の規定は「受信設備を設置したらNHKと契約しなければならない」と定める。この解釈について、男性側は「強制力のない努力規定。受信契約が強制されるなら契約の自由に対する重大な侵害だ」として違憲だと主張。NHKは「義務規定。公共放送の意義を踏まえれば必要性や合理性がある」として合憲と訴えた。

 また、受信契約の成立時期について、NHKは、契約を申し込んだ時点で自動的に成立するとし、テレビ設置時にさかのぼって受信料を支払うべきだと主張。一方、男性側は、NHKが未契約者に対して裁判を起こし、契約の受け入れを命じる判決が確定した時点で契約が成立し、それ以降の支払い義務しかないと反論していた。

 一、二審判決は、放送法の規定は合憲で、契約義務を課していると判断。契約の受け入れを命じる判決が確定した時点で契約が成立し、テレビ設置時にさかのぼって受信料を支払う必要があると結論づけた。この裁判では、国民生活に与える影響が大きいとして、金田勝年法相(当時)も4月、規定は合憲とする意見書を最高裁に提出していた。(岡本玄)

「主張認められた」とNHK 受信料制度の合憲判断で

 最高裁が示した判断を受けNHKは6日、次のようなコメントを発表した。

 「判決は公共放送の意義を認め、受信契約の締結を義務づける受信料制度が合憲であるとの判断を最高裁が示したもので、NHKの主張が認められたと受け止めています。引き続き、受信料制度の意義を丁寧に説明し、公平負担の徹底に努めていきます」

【NHK受信料「合憲」】制度めぐる議論は途上 テレビ離れ…解決策見いだせず

 NHKの受信料制度について最高裁大法廷は6日、憲法が保障する「表現の自由」や「知る権利」の実現に照らして、「合憲」とする初判断を示した。徴収に最高裁が「お墨付き」を与えた形だが、契約成立時期についてはNHKの主張を退け、安易な徴収に歯止めをかけた。インターネットの普及によるテレビ離れも続いており、制度をめぐる議論は途上だ。

 ■「知る権利を充足」

 受信料制度を定めた放送法は昭和25年に施行され、その後、民間事業者による放送が始まった。最高裁がまず着目したのは、この「二元体制」だ。

 最高裁は「公共放送と民間放送がそれぞれ長所を発揮する」という二元体制の趣旨を踏まえた上で、公共放送の財源を受信料でまかなうのは「NHKに国家機関や団体からの財政面での支配や影響が及ばないようにする」ための仕組みだと指摘。放送法の規定はテレビ設置者に契約締結を強制するものだが、国民の知る権利を充足するという目的を実現するために、必要かつ合理的なものだとした。

 NHKは訴訟で、公共放送の意義についても強調。弁論で、身元不明や親族が引き取りを拒否する遺体が年々増加していることなどを取り上げた「NHKスペシャル」を挙げ、長期的な取材で社会的議論を呼ぶことで、「視聴した人はもちろん、視聴しなかった人も恩恵を享受している」と訴えていた。

 判決は公共放送の具体的なあり方には踏み込まなかったが、放送法を全面的に肯定する結論となった。

 ■未契約世帯912万件

 一方、契約の成立時期についてはNHK側の主張を退けている。

 NHKは他の同種訴訟も含めて、「テレビ設置者に申込書を送った時点で契約が成立する」との立場を主張の柱としている。背景にあるのは、受信料徴収をめぐる環境の厳しさだ。

 今年3月末現在で、受信契約の対象とする世帯4621万件のうち、未契約世帯は912万件に上る。マンションのオートロック化も進み、徴収はより難しくなっているという。NHKの主張が認められれば、未契約者への徴収で、民事訴訟を起こす手間が省けることになる。

 ただ、判決は、契約は一方的な申し込みで成立するものではなく、「NHKとテレビ設置者との間の合意によって生じる」と指摘。「NHKが未契約者を相手に訴訟を起こし、勝訴が確定した時点で契約が成立する」との立場に立った。

 また、契約が成立した場合、いつまで遡って支払う義務があるかについては、「テレビ設置の時点に遡る」とするNHKの主張を採用し、「契約成立時点」とする男性側の主張を退けた。

 テレビ設置者は訴訟を起こされれば、最終的には受信料を支払うことになる可能性が高いが、判決は「基本的には、NHKが契約への理解を得られるように努め、テレビ設置者に支えられて運営されていくことが望ましい」とも言及。NHKにも、引き続き丁寧な説明をするよう求めた。

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最高裁のNHK判決に憤り、次の国民審査で裁判官全員に「×」を付けたくても不可能 制度的な欠陥と改善点

 放送法の規定を合憲とし、NHKを見ているか否かに関わりなく、NHKとの裁判で敗訴判決が確定すれば、テレビの設置日以降の受信料を全て支払わなければならないという最高裁判決。

 「最高どころか最低だな」と憤りを覚え、「次の国民審査では判決に関与した15名の裁判官全員に『×』を付けてやる」と心に決めた人も多いだろう。しかし、国民審査には制度的な欠陥があり、その思いはかなわない。今回はこの問題を取り上げ、改善策などを示したい。

【国民審査のタイミング】

 最高裁の裁判官は、憲法の規定に基づき、任命後初めて行われる衆院選の際に国民審査を受け、それから10年経過後に初めて行われる衆院選の際に再審査を受けるとされている。

 これを前提とすると、就任直後に衆院選が行われれば、最高裁の裁判官として実績や判断材料が乏しいにもかかわらず、国民審査を受けるということになる。

 1986年には就任からわずか24日で国民審査を受けた裁判官がいたし、2014年に国民審査を受けた裁判官の一人も、就任後、2か月しか経っていない状態だった。

 今年10月の国民審査を見ても、対象となった7名の裁判官のうち、1名は就任6か月、1名は7か月、1名は8か月ほどだった。

 逆に2012年の国民審査では、そのわずか10日後に定年退官した裁判官がおり、審査の意味があったのかといった疑念が生じた。

 他方、退官や死亡に至るまで衆院選がなければ、全く国民審査を受けないで終わる(過去2名)。

 また、現実には再審査など行われていないので、一度国民審査を受ければ、以後の実績の良し悪しや言動などを問わず、そのまま定年退官を迎えることとなる。

 というのも、定年は70歳だが、どの裁判官も法曹界や官僚、学者の世界で経験を積んだ後、60歳を超えて就任するのが過去50年間の慣例となっており、現実には定年まで10年を超えることなどあり得ないからだ。

 過去3回、すなわち2012年から今年10月までの国民審査を見ても、いずれも審査の時点で既に63~68歳の裁判官ばかりであり、再審査などあり得ないから、最初で最後の機会だった。

【今回の裁判官の場合】

 判決書によると、今回のNHK判決に関与した裁判官は、次のとおりだ。

・寺田逸郎(裁判長・元広島高裁長官)

・岡部喜代子(学者)

・小貫芳信(元東京高検検事長)

・鬼丸かおる(弁護士)

・木内道祥(弁護士)

・山本庸幸(元内閣法制局長官)

・山崎敏充(元東京高裁長官)

・池上政幸(元大阪高検検事長)

・大谷直人(元大阪高裁長官)

・小池裕(元東京高裁長官)

・木澤克之(弁護士)

・菅野博之(元大阪高裁長官)

・山口厚(学者・弁護士)

・戸倉三郎(元東京高裁長官)

・林景一(元外交官)

 判決書には、このうち、岡部、鬼丸、小池、菅野裁判官の意見が示されているものの、多数決の結論に賛成した上で、理由付けや立法的解決策などを補足しているにすぎない。

 また、木内裁判官だけが反対意見を示しており、その意味では14対1の結論となっているものの、その意見も、裁判所が判決によって設置者に受信契約の承諾を命じることまではできず、設置者の不法行為や不当利得に当たるから、損害賠償請求などによって解決すべきだという立場だった。

 あくまで放送法の規定を合憲と見ることを前提としており、15名全員が合憲と述べているに等しい。

 このうち、寺田裁判長、岡部、小貫裁判官は2012年の、鬼丸、木内、山本、山崎、池上裁判官は2014年の、大谷、小池、木澤、菅野、山口、戸倉、林裁判官は今年10月の国民審査を受け、既に信任されている。

 すなわち、15名全員が就任後の国民審査を経験済みであり、10年以内に定年などで確実に退官することを考慮すると、彼らを再び国民審査にかけ、「×」を付けることなど不可能だ。

 現に、寺田裁判長は来年1月に70歳を迎え、そのまま定年退官することとなっており、既に次の長官として大谷裁判官の就任が内定している。

 国民の怒りを買う可能性が高いNHK有利の歴史的な判決であり、最高裁が国民審査の対象となっていた大谷裁判官ら7名に対する不信任を避けるため、わざわざ判決言渡しの期日を国民審査の後になるように設定したのではないか、といった穿(うが)った見方もある。

 しかし、首相が衆議院解散を決めて公表したのは9月25日、衆院選・国民審査は10月22日、最高裁が弁論を開いて当事者双方の意見を聞いたのは10月25日、判決言渡し期日が決まったのは11月2日だから、そうした見方はただの陰謀論にすぎない。

 国民審査のシステムは憲法で規定されており、憲法の改正を要する問題なので実際には困難かもしれないが、やはり国民審査を実りあるものとするためには、衆院選に加えて参院選などでも行い、かつ、全裁判官を毎回審査できるような制度改革を行うべきだろう。

【決定的な情報不足】

 他方で、「憲法の番人」と呼ばれる15名の裁判官のうち、その氏名を以前から知っており、顔を思い浮かべられ、略歴や関与した代表的な裁判、その際の判断内容などを挙げられる人がどれだけいるだろうか。

 選挙管理委員会は、国民審査に際し、各裁判官の氏名や顔写真、略歴、心構え、最高裁で関与した主要な裁判などを掲載した「審査公報」と呼ばれる新聞紙大の文書を全戸に配布している。

 しかし、どの裁判官も法曹界や官僚といった出身母体で要職を歴任してきたとか、中立公正、公平といった裁判官としてごく当たり前のことを心構えにしているなど、言わずもがなの情報しか分からない。

 関与事件に関する記載も少ない上、判決文を要約した法律用語満載の硬い文章であり、一般国民にとって実に分かりにくい内容となっている。

 もちろん、最高裁入りする前に裁判官や検事、弁護士、官僚、学者としてどのような事案に関与し、いかなる判断を下してきたのかといったことは、全く分からない。

 重要な情報源であるマスコミも、就任時に「ベタ記事」を出す程度で、個々の裁判官に関する突っ込んだ特集を組むことなどないし、国民審査の時期であっても、国政を左右する衆院選と併せて実施されることから、どうしても報道の比重がそちらに偏ってしまう。

 政見放送のような制度もないから、国民は裁判官が自分の言葉で発言しているナマの姿を全く見ないまま、その審査に臨まざるを得ない。

 確かに複数の候補者の中から新たに国会議員を選ぶ衆院選と、既に就任している裁判官を辞めさせる国民審査とを同列に論じることはできない。

 しかし、判断すべき材料が決定的に欠けているにもかかわらず、辞めさせるべきか否かの判断をしろというのは、さすがに無理な話だ。

 国民にとって司法をより身近で開かれたものとするため、将来的にはアメリカなどのように裁判手続のテレビ中継が実施されるべきであるが、現段階でも、例えば各裁判官が司法に関する考えを自らの言葉で語った動画を最高裁から配信するなど、より広報活動に力を入れるべきだろう。

【棄権も可能】

 辞めさせたいと思う裁判官がいれば、投票用紙に印刷された裁判官名の上部の空欄に「×」を書けばよいが、逆に辞めさせたくないからと「○」を書いたり、よく分からないからと「?」や「△」などを書けば、その投票用紙全体が無効となる点に注意を要する。

 そうした余計な記載が一切ない有効票のうち、「×」が50%超となった裁判官のみ辞めさせられるが、空欄は信任とみなされるから、実際の不信任率も約6~8%にとどまる(過去最高でも約15%)

 この結果、1949年以降、誰ひとりとして国民審査で辞めさせられた裁判官など出ていない状況だ。

 しかし、全てを空欄とする場合はもちろん、一部を空欄とした場合であっても、実際には積極的な信任ではなく、単に判断材料が乏しいので判断できなかったとか、興味がないといった棄権票も多く含まれていると見られる。

 これは、ごく単純な方法で棄権が可能であるにもかかわらず、国民に周知されていないことが原因だ。

 すなわち、棄権したい場合には、受付でその旨を選挙管理委員会の担当者に告げ、最初から国民審査用の投票用紙を受け取らないか、いったん受け取った投票用紙を投票箱に入れず、担当者に返せばよいだけだ。

 もちろん、国民審査だけ棄権となり、衆院選の投票は可能だ。

 ただし、全裁判官に関して一括して棄権できるだけであって、A裁判官は不信任、B裁判官は棄権といったやり方は不可能だ。

 棄権率が上がれば相対的に有効票数が減る一方、不信任率は上がることだろう。

 本来は国民審査に関する法律を改正し、辞めさせるべき裁判官を「×」、そうでない裁判官を「○」、棄権を空欄とするといった投票方法に改めるべきだが、最高裁の強い抵抗もあって、実現には至っていない。

【次回の国民審査に向けた心構え】

 このように形骸化した欠陥だらけの制度ではあるが、司法の頂点である最高裁に民意を直接反映させる貴重な手段であることは間違いない。

 選挙管理委員会の審査広報やマスコミ報道では十分な判断材料が得られない以上、国民自ら各裁判官の氏名をインターネットで検索するなどし、玉石混交の情報の中から材料を拾い集め、判断するほかない。

 例えば、これからも民主主義の根幹をなす選挙に関して「一票の格差」が問題となる裁判が行われるであろうが、そこで誰が「合憲」とし、誰が「違憲状態だが選挙は有効」とし、誰が「違憲」「一部の選挙は無効」とし、誰が「選挙制度の仕組みを見直す立法措置の実施を求める」といった意見を出しているのか、といった点だ。

 また、最高裁のホームページを見ると、各裁判官の趣味や愛読書、座右の銘なども分かるから、こうした情報からも人物像を探ることができるだろう。

 国民審査の投票率は衆院選の投票率と連動するから、衆院選の盛り上がり次第で上下する。

 空欄のままだと信任とみなされるので、どうしても判断がつかない場合は投票用紙を受け取らずに棄権するという手段もあり得るが、国民審査についても国民自らが普段から関心を持ち、事前に十分な情報収集を行い、少しでも有意義な制度に変えていくべきではなかろうか。(了)

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