トランプ大統領の狙いは米国の法人税廃止? !
2月13日、スティーブン・ムニューチン氏が米国連邦議会の承認を経て第77代財務長官に就任した。ムニューチン財務長官は、早速、トランプ大統領が公約に掲げた法人税改革に着手する。
現時点では予断を許さないが、トランプ政権の法人税改革の注目点は、単に税率を下げることだけではない。法人税の概念を根本から覆す「革命的」ともいえる税制改革になる可能性がある。報道では「国境税調整」がキーワードとなっているが、その部分だけにとらわれると、本質を見誤る。
確かに、トランプ政権は保護主義的で、米国の雇用を守るために、米国への輸入には税を重く課し、米国からの輸出には税を軽くしようとするのではないか、とみられている。現に、昨年6月に連邦下院で共和党が提示した税制改革案"A Better Way: Our Vision for a Confident America"には、法人税制において国境税調整として原材料や部品などの輸入(仕入れ)は課税対象とする(税法上、仕入れの控除を認めない)一方、米国からの輸出による売り上げ収入は課税対象から外す(税法上、収入から除外する)ことが盛り込まれている。
■法人税のあり方が根本的に変わるかも
しかし、この国境税調整は、外国に対して敵対的な措置を講じることが主眼ではなく、法人税のあり方を根本的に変えることが主眼となる提案である。
それは法人税の原則を、これまで先進国が取ってきた源泉地主義から仕向地主義に転換することである。加えて、法人税の課税対象を、法人所得(利益)からキャッシュフローに転換することである。
法人税というと、先進国では通常、利益が生み出された国(源泉地)で、法人所得(利益)に課税される。いわば「源泉地主義・法人所得課税」というのが常識だ。ところが、グローバル化が進み、企業活動も国境を越えて営まれることが当たり前の時代となると、税負担を軽くするために、法人所得を生み出す企業の本拠地を税率の低い国に移す動きが顕著になってきた。
こうした動きに対して、各国政府も黙ってはいない。東洋経済オンラインの本連載記事「パナマ文書で人為的な課税逃れは防げるか」でも詳述したように、国際的な課税逃れを防ごうとさまざまな対応策を講じている。 それでも、課税逃れがいたちごっこのように起きるのは、税率設定という国家主権を、各国政府が相互に侵すことにためらいがあるからだ。何に税を課すかということは共通化しても、税率は各国それぞれの事情で自由に決められる、となると、多国籍企業が低税率国へ拠点を移す動きは止まらない。
よくよく考えれば、源泉地主義を取っているからこうした課税逃れが起きるのだし、源泉地主義で課税しなければならないという必然性はない。財政学者はこれまでにも法人課税のあり方について議論を重ねていて、その中で出てきたアイデアが仕向地主義課税である。
■源泉地主義から仕向地主義に変える
仕向地主義課税のアイデアのヒントは、消費税(付加価値税)である。消費税は、仕向地主義課税の最たるものである。つまり企業が生み出した付加価値には最終消費地(仕向地)で消費者に負担してもらう形で課税する。フランスで生まれた付加価値税(VAT)は、企業が商品を生産した土地で課税することが主ではない。流通過程でも課税されるが、その税負担は最終的には消費者に転嫁され、消費者が負担することを想定している。
したがって、最終消費地でない国(源泉地)から最終消費地の国(仕向地)へ輸出する際には、源泉地で払った付加価値税は輸出する直前の段階で税務当局から還付される。この輸出免税は付加価値税の国際共通ルールとなっており、WTO(世界貿易機関)協定でも認められている。その代わり、最終消費地の国で外国から輸入した際には、その商品価格に丸ごと(仕入税額控除はなく)課税される(輸入品は課税対象)。輸出免税があるから、最終消費地では国産品も輸入品も付加価値税による不公平は生じない。
これにより、最終消費者に対して同じ品物を同じ税抜き価格で販売するかぎり、国産品も輸入品も付加価値税によって有利不利は生じない。国によって付加価値税率が異なることはここには影響しない。しかし、源泉地主義・法人所得課税の下では、最終消費者に対して同じ税抜き価格で販売しようにも、商品を生産した国(源泉地)で重い税を課されればそれだけ企業にとって不利になる。付加価値税では国産品も輸入品も有利不利は生じないのに対し、源泉地主義・法人所得課税では、より高い税率で課税される国で生産された商品が不利になる。
ひるがえって、米国には付加価値税はない。これは、連邦政府と州政府の課税権争いの結果で、州政府が小売売上税(小売り段階でしか課税しない)を課税していることから、連邦政府が州をまたいで付加価値税を課税できないことによる。他方、日本、カナダ、欧州諸国は付加価値税を課税しており、輸出免税を実施している。米国には付加価値税がないからこうした措置はない。
トランプ大統領は、米国に輸出する国が輸出免税をしているのは不公平、との趣旨の発言をして、これに対抗すべく、国境税調整を検討するとしている。こう見ればわかるように、法人税で国境税調整をすることは、まさに法人税を仕向地主義に変えることにほかならない。
■課税対象をキャッシュフローにするとどうなるか
これに加えて、課税対象を法人所得からキャッシュフローに変えることも、下院共和党案には盛り込まれている。企業の売り上げから仕入れを差し引いた粗付加価値は、人件費や支払利子、減価償却に充てられ、その残りが利益(大まかにいえば法人所得)となる。
粗付加価値=人件費+支払利子等+減価償却費+利益
これを踏まえると、法人所得に課税する対象は、結局、
利益=粗付加価値-人件費-支払利子等-減価償却費
であることがわかる。
他方、キャッシュフローを課税ベースとするというのは、現金の流出と流入の差に対して課税することである。加えて、前述のように仕向地主義の原則を取り入れる。つまり、輸入した仕入れ品は課税対象とし、輸出による売り上げは課税対象から外す。したがって、
仕向地主義のキャッシュフロー=粗付加価値-輸出売り上げ+輸入仕入れ-人件費-設備投資
が課税ベースとなる。減価償却費は、仮定計算に基づく費用で現金の支出はないことから課税上の費用とは認めない代わりに、設備投資は現金の支出を伴うものとして控除する。また、支払利子の控除は認めないこととする。こうした課税ベースの変更を、下院共和党は提案した。
そこで、付加価値税の課税ベースと比較しよう。付加価値税の課税ベースは、売り上げから仕入れを控除したもの、つまり粗付加価値である。ただし、設備投資は課税対象とはならない。これに、前述のように輸出免税があるとともに輸入品は課税対象となる。したがって、
付加価値税の課税ベース=粗付加価値-輸出売り上げ+輸入仕入れ-設備投資
となる。
■結果は「消費税の導入・法人税の廃止」と同じこと
比較すれば一目瞭然だが、仕向地主義キャッシュフロー課税は、付加価値税と課税ベースが似ている。人件費を差し引くか否かだけの違いでしかない。源泉地主義・法人所得課税だと、付加価値税とは課税ベースがかなり異なる。
もし米国の法人税が、源泉地主義を放棄して仕向地主義に変え、課税ベースをキャッシュフローに切り替えれば、付加価値税のない米国が、付加価値税を導入するも同然の変更となる。加えて、既存の源泉地主義・法人所得課税をやめるわけだから、日本や欧州諸国が課している「法人税」を廃止するも同然である。
トランプ大統領は「国境税調整」と保護主義的に発言しているかのように見えるが、下院共和党案をそのまま採択したならば、事実上、米国で消費税(付加価値税)を導入して法人税を廃止するという革命を行うことになるのである。
ただ、これを実施するならば、実務的に極めて難度の高い作業が待ち受けている。まず、企業が輸出売り上げと輸入仕入れを区別して経理しなければならない。特に、この原則を厳格に適用すると、金融業は外国人から預かった資産を区別して経理しなければならない。これは大変な作業である。この税制改革が不利になる産業からは、早くも反対の声が上がっている。付加価値税ならインボイス(税額票)があればどの仕入れが輸入品かはわかるし、輸出する際には税務当局に還付申告をすればよいだけだから、国境税調整はまだ容易である。
さらに、法人税という形のまま仕向地主義を導入すると、WTO協定違反になりかねない。WTO協定は直接税の制度で輸出と輸入を差別的に扱うことを禁じている。付加価値税という間接税でなら認めているが、法人税は直接税であるため、国境税調整を露骨に行うとWTO協定違反のおそれがある。
■米国企業だけが法人税を課せられなくなるのか
この税制改革がもし実施された場合、日本企業に与える影響はどうか。日本からの輸入は、米国で国境税調整が行われて課税対象となることから、日本の輸出企業にとって不利だとする見方がある。しかし、それは本筋からずれている。
もっと重要なことは、日本では法人税(源泉地主義・法人所得課税)が残ったままなのに、米国で法人税がなくなること(法人税の事実上の付加価値税化)である。これこそが、日本企業が不利になる真因である。
日本から付加価値税のある国に輸出する分には、前述のように、決して不利にならない。日本企業の輸出で、日本の消費税が輸出還付されることも、米国でどんな税制改革が行われようと変わらない。しかし、日本で生じた法人所得には日本の法人税がかかる。他方、米国が源泉地主義・法人所得課税をやめて仕向地主義キャッシュフロー法人税を導入すれば、米国企業は法人所得に課税されることはなく、付加価値税に似た税を課されるだけとなる。日本企業が米国に輸出した商品にも、米国で付加価値税に似た税を課税されることになるから、日本企業が日本で払った法人税の分だけ、日本企業が不利になる。ここが問題の本質である。
そうなれば日本企業は損ばかり、と思いきや、経済学的に考えると意外なオチがあるかもしれない。もし短期的に、日本から米国への輸出が不利になって減り、米国から日本への輸出が増えた場合、米国の対日貿易赤字は減って、円安ドル高になる。円安ドル高になれば、日本からの輸出は(前述の税制改革があっても)有利になって、中長期的に見ると日本の輸出企業は息を吹き返すかもしれない。米国第一主義を掲げ、国境税調整を行って米国企業を復活させたと思いきや、ドル高を誘発するという可能性も、否定はできない。
