貴社のM&Aが失敗する理由 砂糖と塩を混ぜても使い物にならない
合併前後で組織の「質」はどう変化?
近年の日本では企業の成長手段としてM&A(企業間の買収や合併)が一般的に用いられている。ところが実際は、M&A後の企業統合は難航を極めることが多い。それはなぜだろうか。
M&A論における「成功」と「失敗」は、株価や企業価値の増減といった「量」で評価され、語られることが多いが、本稿では「企業の老化度」という観点、ことに合併の前後における「質」の変化に焦点を当てて成否を論じてみたい。
多くの経営者のM&A後の大きな関心事の1つに「組織間の融合」がある。多くの会社は合併後しばらくすると、「もう融和が完了し、1つになった」とアピールする。しかしこれは、エントロピー増大の観点からすると、強い違和感を覚えざるをえない。
おまけに、経営者の視点では「融合が完了した」といいながら、現場の従業員の意識はまったく異なっていることが多い。実感としていえば、「あの人はどちら側出身か?」という従業員間の意識は、おそらくその会社をやめるまでつきまとうだろう。
「つねに融合は望ましい」という通説に、エントロピーの観点からチャレンジしてみたい。まず、企業の買収や合併という組織の併合を「2つの異なる物質が混ざり合う」という物理現象として捉えてみる。たとえていうならば、「純粋な砂糖と純粋な塩を混ぜて1つの容器に入れる」という行為をしたときに、エントロピー増大プロセスはどうなるであろうか。
混ぜることで価値は下がる
『マックスウェルの悪魔』に「庄屋さんと欲張りじいさん」の昔話がある。正直じいさんが、功績をあげたほうびに砂糖と塩を庄屋さんからもらった。それに倣って、何も仕事をしていないのにほうびをねだってきた欲張りじいさんをこらしめようとした庄屋さんが「お前にも砂糖と塩を与えよう」といって欲張りじいさんに袋を渡した。糠喜びした欲張りじいさん、もらった袋をあけてみたら、「砂糖と塩が完全に混ざっていて使いものにならなかった」というものである。
混ぜるという行為、混ざるという現象は不可逆プロセスである。つまり、2つの系は、混ぜることによって平均化され、個性が失われてその価値も二束三文になってしまう。
・「1杯500円のワイン」と「1杯500円のビール」を混ぜると1000円か、それ以上の価値がある「アルコール飲料」ができるだろうか?
・三つ星フレンチシェフのフレンチのソースと和食の鉄人シェフの最高の出汁を混ぜたら、世にも素晴らしい和洋折衷ソースができあがるだろうか?
もとの2つのものに個性の違いがあればあるほど、価値の減少も大きいといえるだろう。 例えばミルクとワインを混ぜた方が、ミルクとヨーグルトドリンクを混ぜるより一般的には価値の減少は大きいということである。こうしたことから、基本的に「(無秩序に)混ぜることで価値は下がる」といえる。
会社の場合でも、無秩序に組織が「混ざった」場合に個々の構成要素(企業の場合は従業員)が全体として均質化され、特徴がなくなり凡庸化することを意味する。「組織の質」は混ぜれば必ず劣化するという仮説がここから導かれる。これは直感とも大きく反することはない。会社同士が機能を補完しあうという効果は期待できても、組織を融合すれば特徴がなくなって劣化するのだ。この仮説を3つのシナリオで論じてみたい。
老化度による合併の善しあし
会社という組織の合併を会社の老化度の進行具合で「若」と「老」に大別して、合併のパターンごとに何が起きるかを考察してみる。ここでは、「若」は純度が高く「尖って」いる組織、「老」はすでに混合がある程度進んで純度が低い組織と大まかに定義する。
組み合わせによって大きく3通りのパターンが考えられる。つまり「若」と「若」の合併、「若」と「老」の合併、「老」と「老」の合併である。ここではパターンごとにそのメリットやデメリット、あるいは合併後に何が起きるのかを先の「混ぜる」という観点で考えてみる。すると、各パターンとも共通した次の仮説が考えられる。
・混ぜることで「劣化」は確実に進行する
ある程度以上の構成人員があって、配合も無秩序に混合するという条件においてなら、エントロピー増大の教える「混合による劣化」という不可逆プロセスは組織にもあてはまるだろう。個性は必ず失われ、特徴は混ぜるたびになくなっていくのは確実である。
・「混ぜることによる劣化」は「若」の方が「老」よりも大きい
すでにさまざまなものが混じって不可逆プロセスが進行して「純度が下がった」状態のものへの影響の方が、まだピュアで尖ったものの方より混合の前後で影響が少ないであろうことが予想される。
次に、この3つのパターンが「組織の混合」によってどのように変化するかを考えてみる。
「若」+「若」は混ぜてはいけない
1つ目のパターンは「若い会社」同士の合併である。ベンチャー企業が急成長時に自らの機能を補完する場合に見られる。
この組み合わせでは、両方の会社が「尖って」いるため、完全に混合しようとすれば、まさに「ワインとミルク」の混合になってしまう。ワインの味わいとミルクの栄養を両方享受するためには、両社を混合せずに(例えば別ブランドをキープして)適材適所で使い分けるのが適当といえるだろう。組織を中途半端に「一体化」しようなどとすれば間違いなく「まずくて飲めない」代物になるだろう。
「若」+「老」は「若」が逃げ出す
2つ目は、「若い会社」と「老化が進んだ会社」の合併である。大企業が新規事業領域に進出するときに、特定の技術や機能をベンチャー企業の買収で補完する場合によく見られるパターンである。
この場合は「大企業の論理」で、子会社化したベンチャー企業をすべて支配化に置こうとする。まずは役員クラスを送り込み、そして業務プロセスやITも統合することで「一体化」しようとすることが多い。したがって、系全体としてのエントロピーは増大し、グループ全体としての「劣化」は進行する。
「若」の会社側では、「尖った才能のある若者」が合併によって自分の会社が老化したことに嫌気がさして、新しい活躍の場を求めて外部に巣立つことも起こってくる(実はこの人材が大企業にとって最も必要であるにもかかわらず......である)。若い会社側が失うものは大きい。
これは「刺激を必要とする老人の飲み会に若者が呼ばれた」ようなものである。老人の側としては若者からの刺激が得られて面白かったかもしれないが、若者の方は昔話や説教を聞かされて閉口し、「二度と行くか」と思っているという状況を考えればイメージがつかめるのではないだろうか。
「老」+「老」は量と質のトレードオフ
3つ目は、すでに老化が進んだ大企業同士の合併である。製品ライフサイクルでいうところの成熟期や衰退期に入った市場では寡占化が進み、業界自体のプレーヤーが限られてきて「大合併」が加速していく。どの業界でもはじめは数十社、あるいはそれ以上の会社によって競争が行われていたものが、最終的にはM&Aによって数社による寡占状態にな
るというのがお決まりのライフサイクルである。
製品や事業ライフサイクルの成熟期→衰退期にこうした合併が頻繁に起こるのは、肥大化した固定費や開発費を支えるためにも規模の経済がものをいうからであり、組織としての「質」の低下を「量」で補おうとする結果であろう。したがって、量的な効果が得られれば質の劣化は補えるという点で、こうした合併は理にかなっている。
ここでのポイントは、「若」の合併に比べて「老」の合併の方が相対的に老化の度合いは小さくなるということだ。それは、老化が進めば進むほど、均質化が進んでくるためにどこの会社も角が丸くなって似通ってくるからである。材料が何であってもさまざまな食材を混ぜているうちに似たようなものになってくる「ごった煮」のイメージであろうか。
「混ぜる」と「組み合わせる」の違い
ここまでエントロピーの観点から、企業の合併は基本的に質的な価値を下げるということを解説してきたが、反論がある読者もいるのではないだろうか。例えば、
・料理は複数の食材を混ぜることで価値を上げているのではないか?
・音楽バンドやタレント、あるいは劇団などのグループは複数の構成員によって価値が上がっているのではないか?
・サラブレッドなどの動物や植物の品種改良というのは、混ぜることで価値を上げていくものではないか?
・「企業に多様性が必要」というのは、異種のものを混合することによって価値が上がることを意味するのではないか?
といった疑問である。
これらの事例については確かにその通りで、「混ぜることで価値が上がる」。ここに「混ぜると価値が下がる」場合がどういう場合かを限定するヒントがある。「混ぜることで価値が上がる」事例では次の点が共通している。
・各構成要素(食材や構成員など)の「個性」が見えて、その個性を考慮した混合である(エントロピーの法則は、気体分子や砂糖・塩のように要素の数が膨大なものをマクロ
で見るときにあてはまる)
・ランダムではなく、ある意図を持った混合である
逆にいえば、会社のエントロピー増大の法則があてはまるのは、構成要素(つまり従業員)の個性が見えないほどのマクロ全体を語る場合で、かつそれらの構成要素の配合割合などに意図がなくランダムな混合の場合である(これらは先の液体や調味料の混合にもあてはまっている)。
別の言い方をすると、「ランダムに混ぜる」に対して、正の効果が期待できるのは「意図を持って組み合わせる場合」といってよいだろう。したがって、例外はあるものの、会社をマクロで捉えた形での混合を論じる場合には、ここまでの考察はおおむねあてはまると考えてよいだろう。
果たして「組織の融合」にどれだけのプラスの意味があるのかは、はなはだ疑問である。 本当の意味で組織が1つになれるのは「合併後」の世代が旧世代に代わって置き換えられたとき、つまり「世代交代」が起こったときになるだろう。
もちろん組織合併にともなう共通業務の標準化は必須であり、とくにバックオフィス業務や管理業務、あるいは顧客窓口の一本化については「一緒にする」ことのメリットは理解できるが、クリエイティブ業務に関していえば「混ぜる」ことでマクロレベルでの無特徴化、凡庸化は避けられない。
