夫婦喧嘩は「結論を求めない」ほうが解決する
お互い愛し合って結婚した夫婦。しかし、もともとは他人同士。共同生活を送っていく中で、相手の気に入らないことも出てきます。ささいなことがきっかけになって、時には大きな夫婦げんかに発展することもあるでしょう。
■「無意識の歩み寄り」で自然に解決する
拙著『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』でも解説していますが、上手な夫婦げんかのコツとは、要するに、言いたいことを言い合ったら、無理にまとめようとしないでおしまいにしましょうということ。どうせお互いに納得できる落としどころなんて見つかりませんから、無理にまとめようとしなくていいんです。無理にまとめようとするから余計に炎上するんです。
「それじゃ何の解決にもならないじゃない!」と思うかもしれません。でも大丈夫。夫婦でお互いに言いたいことを言い合うだけで、あとは放っておいても、いい解決策に勝手にたどり着きます。これを私は「無意識の歩み寄り」と呼んでいます。
たとえば、飲んで深夜0時に帰宅した夫に「せめて23時くらいには帰ってきてよ」と詰め寄って、夫は夫で「だって、途中でオレだけ帰るってわけにもいかないだろう」なんて反論して、けんかになったとしましょう。
まずはお互いの考えていることを説明します。たとえば、妻のほうはなぜ0時だとダメで23時だと許せるのかというようなことを説明するのです。夫のほうは、どうして遅くなってしまうのかという事情を話すという感じです。そうやって、それぞれの頭の中をさらけ出して共有します。それで、けんかはおしまいです。
すると、数日後、23時45分に夫が帰ってくるという現象が起こったりします。
「妻に言われたから」という「意識」はないけれど、わざわざ遅く帰ることもないかなという気持ちに自然となるのですね。妻のほうも、「この前言うべきことは言ったから、これ以上うるさく言う必要もないかな」と、小言は言わない。すると今度はなぜか11時30分に夫が帰ってくるようになる。みたいな好循環が起こるのです。
本人同士でも気づかないうちに、じわりじわりと「いい落としどころ」に向けて、無意識的に歩み寄ることができるのです。心理学では「人間の行動の大半は無意識が決定している」などといいます。「自分にとって大切なあの人が、実はこんな問題意識をもっているんだ」ということが情報としてインプットされると、それを基にして無意識が勝手に自分の行動を誘導するのです。
その証拠に、みなさんも「数カ月前に激しくけんかして、そのあと特に何のすり合わせもしていないのだけれど、今さらけんかする気にはならないな、ま、いっか」と思った経験がたくさんあるのではないかと思います。
■本音を伝えないのは相手を過小評価している
「必要な夫婦げんか」を先送りにしていいことはありません。時には勇気をもって腹の中をさらけ出し合いましょう。ただし、必要以上に相手を傷つけたり、たたきのめしたりする必要なんてまったくありません。問題意識を共有するだけでいいのです。
本音をぶつけ合うことは、それでも痛みを伴います。しかし、相手のことを思えばこそ、その痛みを乗り越えて、夫婦として1段上のステージに上がろうと思えるはずです。
相手に遠慮して自分の本心を伝えないというのは、一見思いやりのように見えて、相手を過小評価していることにほかなりません。「本心を伝えたら怒っちゃうだろうな」とか「意見を聞き入れてはくれないだろうな」と、相手の能力を見限ってしまっていることだからです。そういう夫婦関係は、本当の信頼関係で結ばれている夫婦関係とはいえないでしょう。
本当の信頼関係とは、傷つけ合うことを恐れて遠慮することではなく、仮に傷つけ合ったとしても自分たちなら必ず乗り越えられると信じ合えることです。「もめごとも乗り越えれば2人の宝物」と思えるようになることです。
「ものすごくむかついてぶつかることも多いけど、この人は絶対に逃げない。どんなに本音をさらけ出し合ったとしても、必ず最後まで向き合ってくれる」。そんな信頼関係が築ければ、夫婦として上等です。
本気のけんかとは、みっともない部分も含めてお互いをさらけ出すことです。精神的に裸になって相手と取っ組み合いすることです。そこまでして自分を理解してもらおうとすることです。相手を理解しようとすることです。夫婦にとってやはり象徴的な営みなのです。
■上手な夫婦げんかを見て子どもが育つ
夫婦が時にぶつかり合いながらもお互いの違いを認め合い、尊重し合うことで、夫婦の中にダイバーシティ、つまり多様性を認める文化が生まれます。そのような夫婦に育てられた子どもは、両親がああだこうだと衝突し合いながらでもなんとか協力し合って生きていく姿を目の当たりにします。
「人と人とは違っていいんだ。違いを大切にしながら、理解し合うことはできるんだ」ということを、当たり前のこととして学びます。いわば「ダイバーシティネーティブ」です。
子育て夫婦が時に夫婦喧嘩をしながらでも、夫婦間のダイバーシティを実現することは、結果的にダイバーシティネーティブを育てることになるのです。必要とあらばぶつかることも辞さず、しかし必ず相互理解まで結び付けるスキルに長けた人種となるはずです。最近はやりの「グローバル人材」って、要するにそういう人のことだと思います。
夫婦げんかをしてもその翌日には普通に会話を交わしていたり、むしろ今まで以上にラブラブしていたりというパパとママを見て、子どもたちは「なんか、夫婦っていいな」とか、「男と女が愛し合うってこういうことなんだ」とか、「信頼関係って、いつでも仲良くしていることではなくて、言いたいことを言い合える関係なんだ」とか、ちょっと生意気なことを感じ取ってくれると思います。
そういう経験が豊富な子どもなら、少々の夫婦げんかを目撃したからといって不安にはなりません。むしろ、「言いたいことははっきり伝えていいんだ」「自分とは違う意見でもそれを尊重することはできるんだ」「けんかをしたって仲直りできるんだ」などという「他人に対する基本的信頼」が育つはずです。これは健全な人間関係を築くうえでとても大切な前提です。
「男性が育児や家事に積極的になることで、どんないいことがありますか?」とよく聞かれます。それに対して私は、「両親そろって積極的に子育てや家事に取り組むことができるラッキーな環境にあるとして、その最大のメリットは、建設的な夫婦げんかを子どもに見せることができること」と答えます。
