良い上司になろうとするほど部下がますますダメになる理由、「良い」上司像は 「最低の上司」

良い上司になろうとするほど部下がますますダメになる理由

新年度が始まって新入社員も入り、人事異動があった会社も多いだろう。「初めて部下を持つ」という人も多いかもしれない。そこで、多くの人は「良い上司」でありたいと思うことだろう。しかし、もしかしたら、多くの人が描く「良い上司」とは、部下の将来にとっては「最低最悪の上司」なのかもしれない。改めて「良い上司」について考えてみたい。(株式会社識学代表取締役社長、組織コンサルタント 安藤広大)

● 「良い」上司像は 「最低の上司」かもしれない

 ・部下の「頑張る姿」を評価するな
 ・上司は新入社員に「頑張る理由」を与えてはいけない
 ・「無礼講」を許すのはダメ上司

 これまで、私がダイヤモンド・オンラインに寄稿してきた記事の内容だ。でも、一般的に「良い」上司とされているのは、これらとは真逆の上司像かもしれない。例えば、下記のような上司像だ。

 ・部下の「頑張る姿」を褒めてくれる「良い」上司
 ・新入社員に「頑張る理由」を与えてくれる「良い」上司
 ・たまには「無礼講」を許してくれる懐の深い「良い」上司

 どうだろう。あまり、違和感を持たないのではないだろうか。実際、私がお会いする経営者、管理者の中にはこのような「良い」上司像を持つ方々も少なくない。

 しかし、このような上司が本当に「良い上司」と言えるのだろうか。結論は、これまで書いてきたように良い上司であるはずがない。部下の未来を奪う「最低の上司」であるというのが現実だ。

● 上司は部下より 「遠く」を見るべき

 そもそも上司と部下では、組織ピラミッドの中での置かれている位置=高さが違う。当然ながら、上司は部下より常に高い位置に配置されている。高い位置に置かれているのだから、上司は常に部下より遠くを見なければいけないという責任がある。ここでいう「遠く」は距離ではなく、「時間」を表すものだ。組織において、上位、つまり高い位置に配置されている人間は、低い位置に配置されている人間より「遠い未来」を見て物事を判断しないといけないのである。

 物事の良し悪しの判断は、時間軸をどこに置くかによって変わってくる。子どもの頃の怖かった先生がわかりやすい例だろう。子どもの頃は、本当に怖くて嫌だった先生に、大人になった今、とても感謝しているというのはよく聞く話だ。その時、本当に辛くて、苦しかった経験が、振り返ると自らの糧になっているということは、人生を振り返れば多くあるはずだ。

 とはいえ、辛くて苦しい経験は、その当時という時間軸で捉えると、自分にとって「悪い」ことになる。しかし、その当時から見たときの未来である、今という時間軸で捉えると「良い」ことになるというわけだ。

 では、当時、先生が「私が厳しく叱っているのは君の未来のためだ」と言ったとして、理解できただろうか。辛くて苦しい経験をしている時に、「これは自分の未来のためには良い経験だ」と自分で思える人がどれくらいいるだろうか。「悪い」ことの当事者になった時に、それは簡単ではないのだ。

 繰り返すが、上司は部下より遠い未来を見る責任がある。そして、今という時間軸で捉えて状況を判断するのか、未来という時間軸で捉えて判断するのかでは、物事の「良い」「悪い」は変わってくる。

● 「今」時点の部下からは「悪い上司」でも 未来では「良い上司」になるべき

 部下の遠い未来を見なければならない上司は、「今」時点の部下からは嫌われ、「悪い上司だ」という評価を受けようが、心を鬼にしてでも「仕事の評価はあくまでも結果」という考えを徹底させるなど、指導すべき点は厳しく指導しなければならないのだ。

仮に、あなたが「今」時点の部下から好かれよう、嫌われたくないと思い、「良い」上司を演じたとする。その下で育った部下は将来どうなっていくのだろうか。多くの「勘違い」を抱えたまま、生きていくことになる。

 例えば、いつも「頑張っている姿」を褒めてくれる上司がいるとする。その部下は「結果が悪くても頑張っている姿を褒めてくれる、部下のモチベーションを上げてくれる『良い』上司だ」と思うだろう。

 そして、「上司がモチベーションを上げてくれるから頑張ろう」と思う。裏を返せば、「上司がモチベーションを上げてくれなければ頑張れない」人間になってしまい、自分は「モチベーションを上げてもらわなければ頑張らなくて良い存在」だという勘違いをするようになってしまう。また「頑張る姿」が褒められるわけだから、自分が求められていることは「良い結果」ではなく「頑張る姿」だと勘違いしてしまう。その結果、「頑張る姿」をアピールするようになってしまう。

 要するに「良い」上司の言動によって、「上司がモチベーションを上げてあげなければ頑張れない、頑張る姿のアピールがうまい、結果にこだわらない部下」が完成してしまうのだ。

 この勘違いしてしまった部下は、本当に不幸だ。あくまでも「今」という時間軸では何の問題も起きないだろう。むしろ、ストレスがなく、快適に日々を過ごすことができるのではないだろうか。しかし、そこに「時間という概念」が入ってくるとそうはいかない。勘違いした部下には、将来、厳しい現実が待ち構えているからだ。

 残念ながら、このような「勘違い部下」が会社で良い評価を受け続けるのは難しい。なぜなら、会社自体が市場からは「頑張る姿」ではなく、あくまでも業績という「結果」で評価されているからだ。

● 「頑張る姿」を評価すれば 「ビジネスの世界」で生きる力を失う

 会社は「結果」で評価されているのに、会社を構成している従業員は「頑張る姿」で評価される、そんなことが成立し続ける訳がない。どれだけ勘違いをしている部下でも、時間の経過とともに「上司がモチベーションを上げてくれようがくれまいが頑張らないといけない、出した結果の有益性に対して評価を受ける存在」という現実に直面せざるを得ないのが現実なのだ。

 勘違いした部下は「現実の世界」に引き戻される時、大きなストレスを感じることになる。そして、その場から逃げ出し、会社を辞め、再び勘違いできる働き場所を探す。その原因を作りしてしまうのは、「良い」上司なのだ。

 ここで注意すべき点は、勘違いをし続けた部下は、その期間が長ければ長いほど「ビジネスの世界」で生きていく力を失ってしまうことだ。

 ビジネスの世界で得られる対価とは、本人が出した結果の有益性に対して支払われるというのが、どこまでいっても現実だ。「頑張る姿」に支払われていると勘違いしている部下は、その期間が長ければ長いほど、「有益性のある結果」を出す能力がなくなってしまう。

 上司の皆さんには今一度考えていただきたい。あなた自身が「良い」上司だと思われたいがために、部下が将来に向けて「生きていく力」を奪っていないかを。

 上司は、常に部下のためにも「未来を見る責任」があるということを忘れず、日々の部下との「接し方」を考えていただければと思う。

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