日本のヒノキ風呂が存亡の危機!思いもよらない原因とは
風呂好きの日本人にとって、ヒノキの風呂桶といえば、憧れの存在だ。しかし、そのヒノキ風呂が存亡の危機にあるという。材料である良質な天然ヒノキが不足しているためだ。その原因や再生の動きなどを探った。
● 「木曽ヒノキ」の風呂桶は もうじき作れなくなる
2016年の暮れも押し迫ったその日、長野県南木曽町の山中にある志水木材産業の工場では、56台ものヒノキの風呂桶が、仕上げの時を待っていた。出雲大社(島根県)近くに建設中のホテルに納品される予定だという。
国産材需要の落ち込みが深刻視される時代に、なんとも景気のいい話ではないか、と思いきや……。
「こんな立派なヒノキの風呂桶を、まとまった数作るのは、これが最後でしょうね。よくご覧になって行ってください」
社長の志水弘樹さんは、硬い表情でつぶやいた。
同社が手掛けるヒノキ風呂は木目が細かく、最高品質とされる木曽ヒノキ製。樹齢250年以上の天然木だ。
創業1944年の同社は、良質の木曽産木材を用い、熟練の技術で造り上げる桶樽メーカーとして高く評価されており、今年5月から運行が開始されるJR東日本の豪華寝台列車「トランスイート四季島(しきしま)」の最上級客室「四季島スイート」と「デラックススイート」にも、木曽ヒノキの風呂桶を納品した。
風呂文化をこよなく愛する日本人にとって、ヒノキ風呂は憧れの存在だ。加えて、東京オリンピックに向かって急増する外国人観光客のおもてなしにも「和の伝統を演出できるアイテム」であるヒノキ風呂の需要は高まって行くに違いない。
それなのに、「もう作れない」とはどういうことなのだろう。
● 枯渇する天然林 背景にいびつな木材需要
「木曽ヒノキの天然木が枯渇しそうなんですよ。ヒノキだけでなく、木曽五木(木曽檜、さわら、高野槙、あすなろ、ねずこ)は、20年程前から枯渇が懸念されており、伐採が計画的に制限されてきました。この先も伐採量は減っていくようですから、我々も人工林材への移行を余儀なくされるでしょう」(志水さん)
日本を代表するブランド木材の1つ「木曽ヒノキ」は、木曽地域から裏木曽地域(飛騨南部、東濃地域)にかけて分布する天然ヒノキだ。シャンパーニュ地方産のスパークリングワイン以外は「シャンパン」と呼んではいけないのと同じように、「木曽ヒノキ」と呼んでいいのは、同地域の天然ヒノキだけである。
この地域では、江戸時代から「木1本、首1つ(1本伐採しただけで死罪)」といわれるほどの厳しい保護政策がとられてきたお陰で、樹齢250~300年の立派な天然ヒノキ林が受け継がれてきた。
ちなみに、「天然」とはいえ、「手つかずの自然」ではない。適切に間伐や枝打ち等が行われなければ、良質の木材には育たない。
それがなぜ今、枯渇しそうなのか。
木曽ヒノキの林を管理する農林水産省・中部森林管理局に問い合わせてみた。
「木曽地方に生育している天然ヒノキの多くは、江戸時代初期頃に城郭などの建築用材として大量に伐採され、その後に天然更新(植林など人工によらずに,自然に落ちた種子や根株からの芽を育ててゆく造林法)したものです。江戸時代は禁伐とされていましたが、明治以降に伐採が進み、天然ヒノキの蓄積が減少してきました。昭和12年は962万m3でしたが、平成22年では382万m3にまで減少しています」
要するに「短期間(といっても60年弱)に、伐り過ぎてしまった」のだ。発端は、1959年に襲来した伊勢湾台風だった。風倒木の処理を目的に、それまでの森林造成・伐採を主としていた産業構造に対し、製材・加工・販売までを掌握する流れが加わり、新たな収益構造が生まれた。国産材良質材の筆頭に位置する天然木曽ヒノキの需要は高く「伐れば儲かる」ため、風倒木の処理が済んだ後も、伐採を止めることは難しくなってしまう。全国の営林署が赤字で苦しむ中、木曽だけは黒字だったという偏った事情もある。高価な木曽ヒノキを売ることで、国は、林業の全国的な赤字を補填しようとしたようだ。
さらにその後は、安価な輸入材に押され、国産材全体の需要が減少。「ここだけはヒノキでなければ」という用途(神社仏閣、伝統工芸用等)での需要のみが市場に残り、売れるのは太く立派な木曽ヒノキだけ。樹齢が若く、細い人工林のヒノキは売れないまま、時が流れた。
目下、中部森林管理局では、木曽ヒノキ復活のために天然ヒノキの伐採量を減少させているほか、ヒノキの天然更新を促す施業(※)を行っている。また、人工林のヒノキを長期育成しており、100年生を超えているものは1000haに達しているが、木造住宅の建築用材としての需要は相変わらず低迷している。
木曽ヒノキの伐り過ぎは、日本林業が生き残って行くために「仕方なかった」面もあるのかもしれない。
※「施業」とは、目的とする森林を育成するために行う造林、保育、伐採等の一連の森林に対する人為的行為を実施すること
● ヒノキ林を山ごと買った中国資本 中国・韓国のヒノキブームの影響は?
国内需要が落ち込む半面、この5~6年、日本の木材輸出量は急激に増加している。
特に伸びているのは中国と韓国への輸出だ。
いわゆる「爆買い」は、木曽ヒノキの枯渇には影響しているのだろうか。
「平成24年(2012年)に123億円だった林産物の輸出額は、平成27年(2015年)に270億円となりました。現在の主要な輸出先国は中国及び韓国、また主要な輸出品目は丸太であり、木材輸出額の約4割を占めています」(林野庁)
中国では住宅建築ラッシュがあったことに加え、日本の高級木材であるヒノキに憧れを抱いている人が多いらしい。中国資本が日本のヒノキ林を山ごと買収したという話も聞こえている。
また、韓国では、健康にいい、勉強ができるようになるといった情報が流布され、ヒノキを使った内装材や家具のブームが起きているという(面白いのは、日本では人気がない、節の入った木材の価値が高いこと。ところ変われば価値観も変わる)。
特に輸出が増えているのは、九州地方のスギ、ヒノキで、林業・木材関係者たちは、この動向に期待している。木曽ヒノキは、そのなかには含まれていない。
ただし、主に輸出されているのは、丸太が69億円(対前年比120%増)、製材が32億円(対前年比18%増)、合板が14億円(対前年比32%増)で、これらが全体の約6割を占めている。(2014年 財務省「貿易統計」)
丸太、製材等の輸出は利益が薄いため、「日本の大事な森林資源を収奪されているだけではないか」と懸念する声もある。
実際、スギ、ヒノキの価格は下落しており、日本林業にとって海外市場は不安要素が大きい。
今後は、日本の技術力・デザイン力を活かした付加価値の高い製品輸出への転換と、国内需要の新たな掘り起こしが急務なのである。
● ユニークな形の産湯桶 世界初のヒノキ製ワイン桶
さて、日本屈指の林業王国・長野県では、危機に瀕する「日本の木の文化」の再生をめざし、様々な取り組みを行っているが、なかでも「桶・樽文化」をめぐる取り組みは興味深いので、紹介しておきたい。
同県では、2014年に、木製の桶・樽に今一度光をあて、異業種連携を促進する「桶・樽サミット」が開催された。
それを機に結成されたチームの1つが「産湯桶でウッドファースト協議会」である。
同協議会は、長野県から助成金を受け、従来にはない、新しい発想の産湯桶「うふっ湯桶」を開発し、この4月から販売している。
生まれた時から国産材に親しみ、良さを判ってくれるファンを育成しようというロングスパンの戦略だ。
「うふっ湯桶」は、赤ちゃん用であることを考慮し、あえて木曽ヒノキは使わず、より香りが優しい木曽産のサワラを使用し、産湯桶としての役目を終えた後の転用アイデアの提案も行う。
協議会には、冒頭の志水木材産業のほか、木材の香り研究の第一人者・谷田貝光克東大名誉教授、インテリアコーディネーターの林眞理子さん、木材コーディネーターの鈴木直子さん等が参加し、樹木成分のエビデンス研究や、現代的なインテリアとマッチするデザインの桶開発に挑戦した。
また、伊那市(長野県)では、原料の葡萄から仕込容器まで、すべて伊那産の材料で作る「オール伊那ワインプロジェクト」を計画。
昨年12月に、世界初となる「ヒノキの仕込桶」を制作し、本年秋より、赤ワインを仕込む予定になっている。
表面には漆を3度塗りしてある
ワイン樽ならぬ「ワイン桶」の制作は、日本木槽木管(本社:神奈川県)が手掛け、ワイン造りは伊那市の「伊那ワイン工房」が行う。
このほか、現在はほとんど中国からの輸入材で賄われている「棺桶」や、銭湯の定番「ケロリン桶」の木桶版など、ユニークなアイデアと良質な素材、確かな品質のコラボレーションが注目されている。
江戸時代から300年に渡って守り育まれてきた「木曽ヒノキ」が、ほんの60年で使い果たされようとしている。今後、日本人が大好きな「ヒノキ風呂」を、木曽ヒノキで作り続けることは、できなくなりそうだ。同様のことは、日本各地の銘木産地で起きており、その責任は、木材を品質や産地ではなく、安いかどうかで選ぶ、我々消費者にもある。
「林業経営は100年の計で行わなくてはならない」と言われている。
消費者も同じだ。家も桶も、子や孫の代の幸せまでも考慮して買うべき時代が来ているのではないだろうか。
