電車が遅れたらカネを返せ、はアリか?
新幹線と高速道路。どちらも目的地に早く着くための設備だ。しかし、新幹線特急料金と高速道路料金の考え方はまったく違う。
新幹線、およびJR在来線の特急料金は「目的地に早く着く」ためのサービス料金という意味合いが強い。普通列車より車両の設備が快適という要素もあるけれども、主に速達サービスだ。だから、サービスが低下したときは料金が払い戻される。JRの特急料金は、列車が定刻より2時間以上遅れると払い戻しになる。
しかし、高速道路料金は目的地の到着が予定より遅くなっても払い戻しにならない。渋滞しても規定の料金がかかる。急いでいるからと高速道路に入ってみたら渋滞だった。「コンチクショー! 低速道路じゃないか、カネ返せ!」と思う。しかし返ってこない。高速道路料金は速達サービス料金ではなく、道路設備の使用料だからだ。
鉄道の乗車券も、駅や列車など設備の使用料金だ。利用料金だ。だからわざわざ速達料金として特急料金を分離する。乗車料金は遅延しても返却されない。通勤電車が混んでいようと、遅延していようと、使用感に満足しなくても、利用したらおカネを払う。これは商売の原則で、覆したら経済は成立しない。映画館に入ったけれど、目をつぶっていたし、耳も塞(ふさ)いでいたからカネを返せ、という理屈は通らない。
ときどき、こういう基本原則をひっくり返そうという人が現れる。通勤電車が遅れたらカネを返せ、という。これが一般利用者だったら、単なる愚痴(ぐち)の1つ。よく分かるわ、と共感を得て、あまり拡散されず霧散して終わり。しかし、国会議員が「カネ返せと提案する」とツイートしたら穏やかではない。愚痴に権利を乗せたら濫用につながりかねない。権力の番人と自負する報道機関は、こういう政治家の言動を厳しく監視すべきだろう。
ネット世論が監視してくれるから、社会的制裁が先に与えられる。私も、今回はそれでいいや、と思っている。しかし、この発言の背景にある「遅延」は考えるべきだ。
●東急田園都市線の遅延は解決すべき
ねとらぼが記事化した、国会議員による「カネ返せと提案する」というツイートは、1月19日11時29分に行われた。この発言は5500回以上もリツイートされて、批判的なコメントも目立った。
政治家にも言論の自由はあるし、あの発言は電車の遅延に困惑する市民の声の代弁と考えれば、同情の余地がある。このツイートには2月2日現在、1015の「いいね」もある。Twitterの「いいね(Favorite)」機能は、私のようにブックマーク代わりに使う人もいるから、すべて賛同とも言えない。しかし賛同者は多いだろう。ねとらぼの記事では、東急田園都市線の遅延に対する不満も紹介されている。
あの発言の背景にある「電車の遅延」は見過ごせないレベルだ。私の知人も田園都市線沿線がいる。ほかの路線の沿線に住む知人もいて、SNSでつながっているけれど、やはり田園都市線の遅延報告は多い。「人が多いんだよ」「おまえが住むからだ」というジョークも出る。
すべての人々が整然と乗降してくれたら、トラブルによる遅延は減る。しかし、人が増えれば体調を崩す人の数も増える。いらだったり、騒いだりして迷惑をかける人も増える。スマホ歩きでよろめいたり、世をはかなんで線路に降りる人も増える。別途検証が必要だけれど、安全装置のホームドアによって、乗降時間が増えている気もする。
通勤時間帯の遅延は東急沿線に限ったことではない。しかし、ほかよりマシだから対策が不要という理屈にはならない。東急田園都市線の遅延は解決すべきだし、解決策はすべての鉄道会社で共有すべきだ。
●急増する沿線人口
確かに、東急田園都市線沿線の人口はこの30年間で爆発的に増えたように思う。なぜ30年かと言うと、私の実家も東急田園都市線沿線、といってもバス便の地区にあって、視覚的に比較できたからだ。
私の父が40年ほど前に宅地を取得したとき、付近は雑木林で整地されていなかった。だから東急不動産から安く買えたらしい。区画整理が終わり、ライフラインの整備を待って、1980年代後半に家を建てた。付近に民家は少なく、深夜に帰宅すると家の前で野ウサギが待っていた。田園都市というよりも田舎だ。
しかし、30年後の現在、実家付近は見渡す限り宅地である。遠くに見えた丘も家がびっしり並んでいる。最寄りの停留所から駅に向かうバスは10分おきから3分おきになっている。便利だと思う。人が増えると街はだんだん便利になる。徒歩圏にコンビニやスーパーマーケットも増えた。貯水池は公園になって公衆便所も設置された。
近年は地主たちが代替わりし、畑を手放しているようだ。地価が上がったから相続税も上がっている。広い土地が売りに出される。便利だから土地が売れて家が建つ。アパートやマンションも建ち始めた。ますます人が増えた。
沿線の人口増は数字でも確認できる。東急田園都市線のたまプラーザ駅~田奈駅間の7駅を含む横浜市青葉区は、1997年に人口25万5901人だった。2016年には31万人を突破している。人口推計によると2025年までは増加し、そこから緩やかに減少していく。近隣の横浜市緑区、町田市、川崎市宮前区、高津区も同様だろう。
これに対して、東急田園都市線の輸送力は追随できたか。1979年に大井町線を分離して、全列車が渋谷直通となった。1983年には10両運転が開始された。ラッシュ時の運行本数は1995年に1時間あたり28本。2004年に29本になったまま変わらず。沿線人口は増加傾向でも、輸送量は増えていない。
1時間あたり29本は、ほぼ2分ごとの運行だ。信号システムを改良しても、これ以上増やせないだろう。10両編成を長くし、1本あたりの輸送量を増やすという策も難しい。列車の編成を長くすると、停車や発車、折り返しのポイント通過時間が長くかかり、運行間隔を広げなくてはいけない。東急田園都市線は飽和状態だ。
●東急も無策ではない
東急電鉄は不動産部門と鉄道部門の連携が巧みだ。特に田園都市線沿線は、沿線開発と鉄道利用増の好循環で成功してきた。阪急の創始者、小林一三氏が実践した手法だ。東急電鉄は、小林一三方式に加えて「沿線のブランド化」に成功する。東急ブランドは人を集めた。しかし、その勢いが制御できなくなるほど強くなってしまった。その結果、沿線人口と輸送力のバランスが崩れた。
それはもちろん東急電鉄も自覚している。輸送力そのものは増やせなくても、各駅停車と急行の利用客の偏差を解消するため、2007年からラッシュ時間帯上りの急行を準急とし、地下区間の追い越しを止めた。2009年からは「早起き応援キャンペーン」を開始。PASMOで早朝時間帯の利用を察知すると、携帯電話に沿線店舗の割引券を送った。
2009年には一部複々線化も実施した。大井町線を延伸する形で二子玉川~溝の口間を4線化した。大井町線に急行を設定し、渋谷集中を緩和する試みもある。しかし大井町線の列車は急行6両、各駅停車5両と短いため、かなり混雑している。効果は限定的だ。
2016年11月からは「バスも!」キャンペーンを開始。池尻大橋~渋谷間で有効の定期券で、並行する国道246号線を運行する東急バスに乗車できる。この区間は田園都市線の最も混雑する区間だ。池尻大橋駅で混雑のため電車に乗れない利用者を救済する目的があった。また、この区間内の目的地へ通勤する人に、渋谷まで行かず手前で降りてもらう効果も狙った。国道246号も渋滞しているけれども、通勤時間帯はバスレーンが確保されている。
このうち、最も効果があった施策は早起き応援キャンペーンだろう。同様の施策は東京メトロも東西線で実施している。しかし、急増する人口に対して、どれも決定打になっていない。抜本的な対策が必要だ。
●提案するなら全線複々線化、あるいは国策
東急電鉄は2010年に国土交通省が開催した交通基本法検討会で、上記のような混雑緩和策を報告している。ここで大きな計画も披露していた。将来へ向けた検討課題として、現在、ホーム1面の渋谷駅を2面とし、間に1本の線路を配置して3線にする。2番線は折り返し可能として区間運転を実施するほか、先行列車が停車し、乗降中に後続列車を到着可能とする。これで運行間隔の短縮というより、慢性的な渋滞を解消する。
さらに、二子玉川から溝の口まで延伸した大井町線について、溝の口からさらに延伸し、たまプラーザ駅まで複々線化する案もある。旧運輸省の運輸政策審議会答申第18号で「今後整備について検討すべき路線」と指定された。2016年に国土交通省の交通政策審議会答申198号でも引き続き掲載されている。
たまプラーザ駅はリニューアルした際に、将来の2面4線化に対応したホーム構造になっている。しかし、ほかの地域の用地問題、とりわけ梶が谷駅前後のトンネルに問題があるという噂(うわさ)もあって、かなり先の長い話になりそうだ。あまりにも着手が遅いと人口減の時期を迎えてしまう。また、大井町線を延伸したところで、現在の二子玉川~渋谷間の混雑解消に寄与しないと思われる。
万策尽きた状況の中で、国会議員氏の言うように、遅延した鉄道会社に返金や罰金を科したところで、何も解決できない。解決の資金も奪いかねない。むしろ、鉄道会社に国から資金を提供するよう働きかける方向に動いていただきたい。渋谷~二子玉川間の地下区間の複々線化が難しいなら、二子玉川~中目黒間に地下新線を作り、東横線との直通を停止した東京メトロ日比谷線に直通させた方がいい。
通勤混雑問題を東急だけではなく、大都市圏の鉄道の共通課題として考えるならば、国策として通勤手当制度の廃止を考えたらどうか。企業の都心集中、遠距離通勤を助長している原因は通勤手当だ。通勤手当は受け取る側としては定期代に消えるので必要経費に見えるけれど、支払う側から見ると、手当、つまり給与の一部である。同じ職能で、勤務先が家から遠いという理由で給与が多い。増えても割に合わない金額とはいえ、変な話だ。
通勤手当がなく、通勤費完全自己負担とすれば、社員は勤務先に近い場所に住もうと考える。あるいは、企業が都心から人が住む郊外へ移転するという施策も考えられる。バブル期に工場用地を郊外移転したようなものだ。大規模企業が郊外に移転すれば、都心に住む人が下り列車で通勤するから、上り列車と下り列車の乗客数のバランスも良くなる。
これらは私の思い付きだけれども、少なくとも、鉄道会社に罰金などという安直な発想よりマシだ。国会議員が取り組むなら、愚痴に権力を合わせるような提案ではなく、国の力で国民を幸せにできる方策を「具体的に」考えてほしい。
国会議員氏は1月26日にブログで提言を掲載しているけれども、鉄道事業者や利用者への呼び掛け、従来の各論を総花的に並べただけだ。政府は「促せ」「求めていくべき」にとどまっている。鉄道会社が手詰まりだから「政府が」やるべきことを提案してほしかった。
もう1つ、気になる言葉は「安全」という言葉の使い方だ。
ツイートの騒動についてブログで釈明し「安全が低下する可能性」という言葉を使っている。まず、可能性という言葉は、起こり得る事柄に期待するという意味合いを含んでおり、「安全性の低下」にふさわしくない。「恐れ」が妥当。そして、安全向上にもカネがかかり、鉄道会社の収入を奪う提案と矛盾する。
何よりも、後から自己正当化のために安全を持ち出すとはズルい。安全は誰もが大切にする。安全のためと言えば反論できない。しかし、真に安全のためではなく、説得話術のために使うと、聞き手の思考停止を招く。安全は、使い方を間違うと危険を招く言葉でもある。安全を免罪符にしないでいただきたい。
