成熟Bluetoothチップ市場に吹く新風
■欧州メーカーからの突然の通達
筆者が代表を務めるテカナリエでは2016年夏、欧州に本社を置く某メーカーから依頼を受けてボードの開発に関与した。実際のボード回路を作成しBOM(部品表)を作成し、試作まで行った。設計した回路、システムにはほぼ問題がなかったので、量産する製造委託先のメドも立てていた。しかし、結論から言えば量産は欧州側の意向により、中国で行うことになってしまった。
日本は遅いから。
理由は明確であった。反論しようもない。日本は遅い。それが世界の定説になりつつある……。
■広く普及した無線技術「Bluetooth」
テカナリエではさまざまなBluetoothを搭載した電子機器を購入して、ほぼ週に2機種のペースで機器分解を行っている。Bluetoothは1990年代に生まれた通信技術で新しい技術ではないが、2つの契機を経てわれわれの日常生活には欠かせない通信の1つになった(初期に比べると各段と性能も電力も良くなっている!)。
Bluetoothがここまで広範な普及に至ったのはやはり携帯電話機、スマートフォンのサブ通信として採用されたことに起点があるだろう。オーディオ用ヘッドフォンやPC用マウスなどにもBluetoothが使われてはいたが、やはり2007年に発売された初代iPhoneにBluetoothが搭載されたことは大きな出来事であった。“Bluetoothの搭載”がスマートフォンの定義の1つになった。
スマートフォンはその後、iOS、Androidに関わらず、Bluetoothをメインのローカル通信として実装している。全てのスマートフォンが共通して持つデバイスの1つである。多くはBluetoothだけでなくWi-Fiも備え、コンボチップと呼ばれる1つのチップでBluetoothとWi-Fiの両機能を備えるデバイスを用いている。多くは米国のBroadcom(ブロードコム)やQualcomm(クアルコム)、台湾のMediaTek(メディアテック)のコンボチップを用いている。スマートフォンの標準装備こそがBluetoothの大開花の起点となった。
一方でBluetoothの普及はスマートフォンにつながる側でも続々と広がっていく。Bluetoothはリモコンとして、音楽転送手段として、車内通信として、使われた。ホストとしてスマートフォンがあり、そのデータを無線でつなぐ。Bluetoothスピーカー、Bluetooth搭載ウェアラブル端末などの製品が次々と生みだされ、スマートフォンのAdditional(アディショナル)機器として、スマートフォンと対で使われる市場を生み出した。
■IoTの無線としても……
2つ目のBluetoothが広く普及した契機は、途上であるが、IoT(モノのインターネット)である。文字通りインターネットへの接続を定義とする。そのために無線、有線を問わずデータのやりとりが必須になってきた。IoTはセンサーのデータを集めるという定義がある(必ずしもセンサーデータの収集はIoTの主ではないが)。センサーのデータや情報、アクションデータをクラウド(もしくはローカルホスト)に送るという場合にもっとも簡易な方法がスマートフォンを介すことである。スマートフォンはどこにでもある、もっとも身近でコモディティな通信機器であるからだ。そこでIoTの端末側の多くはBluetoothを用いることになる。ビーコン(Beacon)やタグ(Finder)などはほとんどがBluetooth搭載である。
■Bluetoothチップで際立つ「Nordic」
そういったBluetooth搭載機器を数多く分解していると、2015年辺りから、圧倒的に採用されるBluetoothチップのメーカーが集約されつつあることが明確になっている。米国のTexas Instruments(テキサス・インスツルメンツ)、Qualcomm傘下となったイギリスのCSR、Broadcomら老舗のBluetoothチップメーカーを抑えて、ノルウェーの半導体メーカーNordic Semiconductor(ノルディック・セミコンダクター)のチップの採用が際立って増えている。図1は、Nordicが2016年に発売した新しいBluetooth対応マイコン「nRF52」の評価ボード(ARM のワンボードマイコン「mbed」互換)である。
nRF52は、現在普及している「nRF51シリーズ」の後継機種になる。nRF51シリーズは、Bluetooth界のQualcommと言ってよいほどの普及を果たしている(そのシェアは全Bluetoothチップ市場の3分の1にもなろうという統計もある)。そして、後継のnRF52は、nRF51よりも大幅に内蔵フラッシュメモリの容量が増え、CPUの性能も向上した。Bluetoothチップのトップメーカーは、さらに機能強化した新チップを投入して、独走に向かい始めている。2017年には電力、速度、距離が大幅に改善される新規格「Bluetooth 5.0」にも早々に対応してくるようだ(図2)。さらにNordicは、LTE-Mという広域通信に対しても開発ロードマップやチップ仕様を開示している。
■Bluetoothチップ市場はNordicの独走かと思いきや
Bluetoothチップ市場もスマートフォン用モデムチップなどと同じく多くのメーカーが半導体を提供してきた。しかし市場の成熟に伴って勝者と敗者が明確化しつつある。“All or Nothing”の世界はここも同じ。先に上げた採用を伸ばす欧米メーカーと中国の新興メーカーによって2分されようというのが現在のBluetoothチップ市場の状況である(中国のBluetoothチップメーカー事情はいずれ本連載の中で報告したい)。
優勝劣敗がはっきりしつつあると思いきや、Nordicの独走を追うメーカーがイギリスで現れたのだ。Dialog Semiconductor(ダイアログ・セミコンダクター)である。
Dialogは、Apple製品(iPad、iPhone、Apple Watch、iPod)の全てに電源ICが採用されていることで有名な半導体メーカーだ。図3のように日米欧中台韓の大手機器メーカーのメインシステムの電源にICが採用され、2015年からは台湾MediaTekのチップとも組み合わされている。
電源ICのトップメーカーであるDialogが2014年に突如としてBluetoothチップ市場に打って出たのだ。新参モノがやすやすと入れないのは半導体市場の常である。実績を重視するからだ。
しかし図4のように、中国のXiaomi(シャオミ)のリストバンド型ウェアラブル機器やMicrosoft(マイクロソフト)のワイヤレスコントローラーに採用されている。
■Dialogの採用が増えている理由
なぜ、DialogはBluetoothチップの採用をジワジワと広げているのか。理由はいくつかあるだろう。まず、電源ICでの高い実績。Bluetoothチップとしての仕様の最適性……。加えてDialogには技術面だけは語り切れないプラスαの魅力が備わっているようだ。図5は、Dialogが開示している電源IC製品の資料の一部である。
通常半導体などの部品は微細プロセスなどを用い、チップ面積を小さくする傾向にある。しかしDialogはこの10年で大幅にチップ面積を広げている。そして、Daialogチップを採用する社数も増えている。つまりDialogはこの10年間でシリコンの消費量を極端に増やしているわけだ。
たくさんの面積を使い、たくさん売る。多くの半導体メーカーの目指す理想の1つを遂げている。そして、Bluetoothチップで先行するNordicに、新参モノとしてチャレンジする……。その極意は一体何か? 速さという能力を持っているからに他ならない。Dialogは極めて速い会社の1つなのだ。だからこそ電源ICでも図3のような市場を形成させたのだ。
■“速さ”とは一体、何なのか
次回は、この“速さ”とは一体、何なのかを、彼らDaialogの精神性の一部を実例を挙げて示したい。チップ上に描かれるシリコン文字やシリコンアートから見えるものを実例として。冒頭で「日本は遅いから」とわれわれはボード製造ビジネスを失った話をした。日本は遅いという実態もあるが、実態以上に悪印象だけが広がってしまうことは致命傷になりかねない。さまざまな角度から“速さ”について考えていきたい。
