日本型イノベーション「耳に差し込まないイヤホン」は何が凄いのか

「耳に差し込まないイヤホン」は何が凄いのか

大企業の技術とベンチャーの機動性を融合させ、「日本型イノベーション」の創出を目指すベンチャーキャピタルWiL(ウィル)の伊佐山元氏。実際にどのような成果が上がっているのだろうか。

――WiLでは、大企業の技術力とベンチャーの機動性を組み合わせる「日本型イノベーション」を推進しています。

 大企業には宝がいっぱい埋もれている。おカネだけじゃなくて、技術、人材も含めてもったいない状態になっている現象をどうやって解消するか。これが日本のイノベーションを盛り上げる1つのキーワードです。

■アイデアを再スタート

 ゼロからベンチャーがやるとしたら、おカネと時間がかかってしまうことが多い。それに対し、大企業の中では、ある程度実験したりおカネをかけてやったものが、製品化されないままたくさん眠っている。その途中経過を引き継いで、そこからやったほうが絶対にスピードが速い。おカネも掛からない。大企業にはすごい人がいることを示して、このモデルの有効性を証明していきたい。

 ――直近の事例で、うまくいった大企業とのコラボレーションには、どのようなものがありますか。

いちばん説得力を持って語れるのが、2017年1月にソニーと共同で立ち上げたambie(アンビー)というヘッドホンプロジェクトです。このプロジェクトは、本来はただ音を聴くだけのデバイスを、いかに日常生活に溶け込ませるかというコンセプトで始めました。

 耳に挟むイヤーカフなので、外音を遮断することがない。だから、こうやって皆さんと話をしていて、音楽をガンガン聴いていても全然平気という、ちょっと不思議なデバイス。音漏れはあまりしないし、驚くほど大きな音で聴いてても、周りの人は気が付かない。ミーティング中に音楽を聴きながら、であっても意外に周りの人は嫌な感じがしないんですよ。圧迫感がないので長時間使っていても疲れない。

 一度これを使ってもらえば、これまでのイヤホンとは異なるいろいろなシーンでの使い方を考えつくと思います。

日常生活に自然な音楽を

 映画やテレビドラマには音楽がついていますよね。日常生活にも音を常に付きまとわせたら何が起きるか。たとえばロケーションを自動的に把握して曲が変わったら面白いかもしれない。これは、ストーリーですよね。

 今大事なのはストーリーです。物を売るための従来の常識は、テレビコマーシャルなどの広告でスペックを伝えて、デバイスそのものを売ることでした。しかし、今は違う。これを使うとどれだけ面白いか、ドキドキするか。利用シーンを伝えるストーリーに共感してもらうことが大事な時代に入った。

■ソニーでは商品化できなかった

 ――発売前、ソニーからはどのような反応がありましたか。

 試作品を作った際には、「デザインが変わってるだけで、それほど売れないかもしれない」とか、「音質がよくない」「音割れしそうだ」など、いろいろ厳しいことも言われました。これを作ったのは、ソニーのオーディオ事業部にいたエンジニアの三原良太(ambie開発責任者)です。彼はソニー時代にもプロトタイプを作ったんですが、ソニー社内での評価は厳しかった。しかし、ambieは2月9日の発売初日から4日目で初回生産分が完売してしまった。今はWebでの「予約販売」という形を取っています。

 「ながら聞き」という潜在的なニーズはあったのに、それに的確に答えている製品が実はなかったから注文が殺到したわけです。今、いちばん求められているのは、潜在的なニーズを発掘することじゃないですか。

 ――どうして、日本の大企業は、これを製品化できないのでしょうか。

 ヘッドホンでいえば、今の日本のオーディオ業界はハイレゾリューションタイプ、いわゆる「ハイレゾ」に力を入れている。音のクオリティを高くすることを重視しているわけです。しかし、ambieはハイレゾに対応していないのはもちろんのこと、低音も貧弱なので、この分野の製品を評価するスペックだけでみれば三流品なんです。だから、ソニーにとってはあえて出すものではないし見合わないということで、切り捨てられてしまう。それはそれで、一理あるわけです。

大企業は完璧主義が強すぎる

 でも、みんながみんな、高音質にこだわっているわけではない。iPhoneに付属しているヘッドホンをそのまま使っている人が多いわけですから。一般の人には、ハイレゾなのかノーマルなのかなんて、比べて聴かない限り区別はつきません。とくに若い人たちは音質の差なんて気にしていない。むしろ大事なのは、どう使うか。「みんなで会話しながら音楽を聴けるって楽しいよね」というリアクションになる。

 日本の大企業は、概して「高機能化」に向かいがちです。「高くて良いもの」も大切ですが、それを適正価格で、新しくリパッケージする商品には新市場を生み出す力がある。それはアップルのiPhoneの事例を見れば明らかです。

 高機能化で先頭を走って高価格のハイエンドゾーンで評価されたとしても、ボリュームゾーンを海外の企業に取られてしまえば事業を継続できなくなるわけです。過去を振り返ると、パソコン、携帯電話、液晶テレビなどさまざまな分野で苦い経験をしてきた。でも、いろいろなしがらみとか習慣が染み付いているので、自分たちだけでは変えられない。

 「とにかくシンプルにするべきだ」というスティーブ・ジョブズの考え方を取り入れるのが、日本の大企業は苦手。別の角度からいえば、日本の大企業は完璧主義が強すぎるともいえます。せっかく良い技術であっても、「欠点があるものは出すわけにはいかない」と考えるわけです。

■WiLは一緒になって「出島」を作っていく

 ――単一製品の機能強化ばかりに目が行ってしまう。

 そうですね。これを飛び越えて、今あるルートやフレームワークを破る勇気がないと、ambieのような製品はできない。日本には年功序列があるから、若い社員が面白いことを提案しても、上司が「それうちの規定では駄目だ」とか言われた瞬間に、ボツになってしまう。それはなかなか変わらない。だったら、そこを飛び越すための新しい場所として「出島」を作ればいい。

 その出島を一緒に作るのがWiLです。ambieが成功すれば、必ずソニーにとっても刺激になります。おそらくソニーの社内では「なんであれがあんなにうまくいったのだろうか」という風に話題になっている。身近な実例を見ることで、変革の歯車は自然に動き出すはずです。

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