自動車事故で「死なない」ための基本と最新技術
クルマがぶつかった時、「ステアリングやダッシュボードに手を突っ張れば大丈夫」と思っていないだろうか? 最初に断っておくが、そんなことは絶対ない。
ちょっと想像してみて欲しい。その場で立ちあがって直立状態から床へパタンと倒れた時、腕で自分の体重をきちんと支え切れるだろうか? 普段から体を鍛えているアスリート系の人ならできるかもしれないが、それでも片手で余裕と言うわけはないだろう。
ちなみに直立から前へ倒れた時の速度をざっと計算してみよう。体重を支える腕の高さを地面から1.5メートルと考えて、地面に達する瞬間の速度はほぼ時速20キロだ。
普段クルマは何キロで走っているだろうか? 衝撃は時速40キロなら倍 …… は甘い、運動エネルギーは速度の2乗に比例する。床に倒れた時の衝撃に対して、時速40キロで4倍、60キロなら9倍になる。支えられるわけがないのだ。
事故の際、手足で突っ張って身体を支えられないとどうなるか、身体は前方に投げ出され、ステアリングやフロントガラスに頭か胸を打ちつける。だから、事故で損傷を受けて死亡することが一番多いのは頭部、次いで胸部である。自動車事故でのリスクを減らすなら一番最初に考えなければならないのは頭部と胸部を守ることである。
シートベルトはそのための装備だ。身体を拘束することによって、事故の衝撃で身体が前方に投げ出され、ステアリングなどに強く打ちつけられることを防ぐ役割をする。
しかし、人体は非常に脆弱で、それだけの加速度に対する拘束に耐えられる部位がほとんどない。腹部を拘束すれば内臓が破裂するし、胸部なら肋骨が折れる。首はもっての外だし、肩や頭も危険な上に拘束したら運転ができない。現実的に拘束できる場所は骨盤一択なのだ。だから普通のクルマに付いている3点式シートベルトの主役は腰骨に掛る部分だ。
骨盤の固定を十分にして、初めて肩ベルトが補助的効果を上げる。骨盤の固定が不十分で、衝撃の多くを鎖骨で受けたら大変なことになる。何しろ骨盤が固定できていても、鎖骨が折れてしまうことは頻繁にある。これはレース用の4~6点式のシートベルトでも同じだ。鎖骨は衝突の衝撃を受け止めるだけの強度がない。だから何としても体重の多くは骨盤で支えたい。
ところが人間が座った状態だと、骨盤は直立状態にない。後ろへ倒れる状態になるため、固定するのは簡単ではないのだ。宿命的に滑り台の様にベルトの下をすり抜ける。この様に体が沈んでシートベルトをすり抜けることを「サブマリン現象」と呼ぶ。
サブマリン現象が起きると、ベルトは骨盤を固定できずに腹部にかかるか、もっとひどい場合は体全体がベルトをすり抜けてアゴに引っかかり、首つり状態になってしまうのだ。
ではサブマリン現象をどうやって止めたらいいのだろう? あまり知られていないことだが、シートベルトはシートと“対”になって機能する部品なのだ。1ページ目の写真のクルマは1959年に世界で初めて3点式シートベルトを装備したボルボ・アマゾンだ。ご覧いただくとわかるが、シートの座面は強い前上がり、つまり大きな「後傾角(こうけいかく)」が付けられている。滑り台状態にならないようにしてサブマリン現象を防止しているのだ。
サブマリン現象の防止だけではなく、衝突時の衝撃のベクトル成分もこの後傾角分座面が引き受けることができるから、シートベルトと腰骨にかかる負担が減り、ひいては鎖骨への負担も減る。シートはただの椅子ではなく、実は重要な安全装置の一つなのだ。
ところが、安全のために重要なシート後傾角が足りないものが結構ある。理由は色々ある。乗降性への配慮の様に一応の納得のいくものもあるが、実はお尻を前にずらしただらしない座り方をするユーザーの希望もある様に思う。
さらに、シートの高さを変えるシートリフターという調整機構がついているタイプのクルマでは、シートの高さを調整しようとすると、後ろしか持ち上げれられないものが結構ある。シート座面の後ろを持ち上げれば、シートの後傾角はどんどん少なくなる。もともと後傾角が不足気味のシートにこの手のシートリフターが付いたら最悪である。サブマリン現象を呼び寄せるようなものだ。シートリフターは前後調整式で高さが調整出来ないと安全が損なわれる可能性があるのに、あまり注目されていない。
この後ろ持ち上げ式構造のシートリフターは、廉価なクルマのほとんどが採用している。逆に電動シートが付く様な高価格車はほぼ前後で高さ調整ができる。もちろん安全はタダではないのは解るが、安いクルマであまりにもあからさまに安全を見切るのは見ていて気分が良くない。
多分技術者もそれでいいとは思っていないはず。誰だって自分が設計したクルマで人が死ぬのは嫌に決まっている。それでも後ろ側調整だけにしてしまうのはコスト要因だ。そう言うと言い訳する技術者がいたりする。まるっきりウソでもないのだろうが「シートを高くする人は概して背が低く、当然足も短いので、シートを上げた時前が上がるとペダルに足が届かない恐れがあるもので……」。
しかし、それが本当なら電動式だって前側の高さ調整は要らないのではないか? 背が低くても安全で正しくペダルが操作できるポジションはあるはずだ。出来ないならクルマのパッケージが間違っている。百歩譲って、アシが届かないケースがあるとしたら、その場合だけペダルが正しく踏める高さに調整すればいいことで、そのために全てのユーザーが安全に直結する後傾角を諦める必要はない。
スポーツドライブ派の人にとってもこのシートの後傾角は重要だ。コーナーで強いブレーキを掛けた時、前述のベクトル成分によってシート自体が体を支えてくれる。体が支えられないと、ブレーキペダルを踏む力が思うようにコントロールできない。左足の踏ん張りだけで減速Gを支えられなければ、ブレーキペダルの踏力が増えてしまうからだ。横方向のサポートを気にする人は多いが、なぜかこの後傾角を気にする人は少ない。
つまり、シート座面の後傾角は適正に取ればかなり良い事ずくめであるにも関わらずあまり大事にされていない
折角「お客様は神様です」という国にいるのだから、だらしない姿勢を求めるユーザーに負けずに、声を上げて、シートの後傾角がちゃんとしているクルマをリクエストすべきだと思うのだ。
キチンと調整できるシートがあり、正しくベルトを調整してくれれば、多くの命が救えるが、メーカーがユーザーひとりひとりにこれを教育していくのはなかなか難しい。そこで最新技術を投入して、多少デタラメな座り方やベルト調整をしている乗員も保護しようとする動きが出ている。
90年代から普及し始めたシートベルトのプリテンションシステムはその代表だ。事故の際、一度加速度がついてしまった身体をベルトで止めるのは容易ではない。ベルトの遊びをギリギリまで少なくすることはベルトの機能を高めるためには重要なことだ。
しかし、例えばシートベルトの腰部を緩く締めて圧迫感を逃れようとするユーザーは少なくない。そこで、衝突の際に、身体が動き始めるより前にシートベルトのたるみを巻き取って身体の拘束を強め、体が動く前にシートベルトを密着させてしまうシステムが考えだされた。これがシートベルトのプリテンショナーだ。
また、繰り返し述べて来た鎖骨への配慮も新しいステージに入った。シートベルトにエアバッグを仕込んで、衝撃を分散させ、より広い面で上体を支える方法が考え出された。エアバッグはビーチボールの様に空気が密封されてはいない。紙風船の様に大気解放されている。だから身体を受け止めた時に、空気が抜け衝撃を緩和できる。もちろん空気穴のサイズは適正化されて、衝撃を効率的に緩和できるようになっている。
最近のシステムで最も興味深いのは、ベンツの新型Sクラスに装備されたリアシート座面エアバッグだ。Sクラスのリアシートは大きなリクライニング角と座面のスライド幅を持っている。ましてやリアシートにはVIPが乗ることも多い。くつろいだ ── と言えば聞こえがいいが、安全上望ましくないだらしない姿勢になることは目に見えている。かつてのベンツなら「乗車姿勢として正しくない」と毅然と却下したこういう要求を飲まざるを得なくなっている。
その代わり、ベンツはその安全をシステムで担保する努力をした。衝突の際シートバックのリクライニング角は適正な角度まで自動的に引き起こされ、シートベルトのプリテンショナーが作動。ベルトにはもちろんエアバッグが仕込まれている。さらに重要なのはシート座面に仕込まれたエアバッグで座面の前端を持ち上げて座面の後傾角を確保するのだ。
現在のところ、これがリアシートにしか装備されていないのは、ドライバーズシートの場合、座面前側をはね上げればそれこそペダル操作ができなくなるからだろう。仮に高速道路など速度域の高い事故で、車両が一度目の衝突で止まりきらないケースを考えると、車両が動いている間は可能な限りの操作が出来た方がいい。一度目の衝突で安全装置が作動した状態で、まだドライバーに車両コントロールができるかどうかは疑わしいが、そこで操作の全てを諦めてしまうわけにはいかないだろう。
ただこれも、その領域での操作を衝突軽減ブレーキのシステムが受け持つ様になれば、状況はだいぶ改善されるだろう。もちろん避けたいものを避けるような操作がシステムに可能かどうかは議論が分かれるところだが、前述の様にその段階で車両コントロールができるドライバーもまた多くはない。確率論の話になって来るはずだ。
最後にわれわれユーザーが、安全のためにやらなければならないことをもう一度確認しておく、どんなにシステムがデタラメを許容する進歩をしても、キチンと座って腰骨に正しくシートベルトを掛けることにしくはない。安全は誰かに何とかしてもらうものではなく、自分で守るものだからだ。
