なぜ日本の街にはゴミ箱や灰皿が少ないのか - 日本再発見
<街中にゴミ箱も灰皿も少ないのに「世界でもっとも清潔」だと、日本の街並みは外国人から高く評価されている>
【シリーズ】外国人から見たニッポンの不思議
「ゴミひとつ落ちていない!」や「世界でもっとも清潔な国だ」、そして「歓楽街ですらキレイなんて!」など、訪日外国人をインタビューするテレビ番組やネットの投稿などで、日本の清潔な街並みを賞賛する声を聞くことが多い。
世界最大手の旅行クチコミサイト「トリップアドバイザー」の「旅行者による世界の都市調査」(2014年)でも、2位のシンガポール、3位のベルリンを抑え、街の清潔度で東京が1位を獲得と、その評価は世界的なようである。
驚きの声と同時に彼らから上がるのが、「街にゴミ箱は少ないのになぜ!?」という疑問だ。確かに、1995年の地下鉄サリン事件以降、テロ対策を名目に首都圏を中心に街中のゴミ箱は閉鎖・撤去されていったが、それ以降、コンビニエンスストアの店頭を除けば、現在もその数は大幅に減ったままだ。
また、灰皿に関しても、以前は東京・銀座の中央通りに等間隔で置かれていた灰皿がすべて撤去されるなど、2002年以降に各自治体で制定されていった「路上喫煙禁止条例」を機に、路上の喫煙環境は大幅に縮小されている。
一方、欧米ではどうか。アメリカではニューヨークなどの大都市では1ブロックごとに大きなゴミ箱が配置されているものの、つねにゴミが溢れている状態だという。
ヨーロッパ各国でも灰皿付きのゴミ箱が多く設置されているが、フランクフルト在住のマリア・ドイチュさんによれば、「ドイツでは歩きたばこがごく普通のこと。街中に灰皿もありますが、吸い殻のポイ捨てもあたりまえです」といった実情だ。
ゴミ箱も灰皿も少ないのに、なぜ日本の街にはゴミも吸い殻も落ちていないのか――。多くの訪日外国人は日本の街、そして、日本人の清潔さを賞賛する一方で、あまりの清潔さにある種の畏怖にも似た不思議な感情を持っているのだろう。
日本人のマナーの良さは高く評価されている
そんな外国人の疑問に答えるならば、手前味噌ながら、やはり「一般的に日本人はモラルが高くマナーも良いから」という回答が1つ挙げられるだろう。
特に吸い殻のポイ捨てに関する外的要因としては、前述した路上喫煙禁止条例の全国的な施行に加え、駅周辺を中心に路上喫煙所が設けられていることも大きい(ただし、最近撤去された渋谷駅前のハチ公像脇をはじめ、路上喫煙所は減る傾向にある)。また、喫煙できる場所が減ったからこそ携帯灰皿の所持率が高くなり、ポイ捨ての減少につながっているのかもしれない。
そして、企業の努力も見逃せない。たばこ販売の最大手であるJTは、長年にわたりテレビCMや交通広告などでマナー啓発広告を展開してきた。時に歩きタバコの危険性を訴え、時にはクスッと笑えるもので注意を引くなど、多彩な広告展開で喫煙者のマナー向上を呼びかけている。
いずれにせよ、日本人のマナーの良さが外国人から高く評価されていることは間違いない。日本では今、国会への提出が見込まれている受動喫煙防止対策強化法案についての議論が続いているが、喫煙マナーに限っても、国を問わず在日・訪日外国人から好意的な評価を得ている。
JTBグローバル・マーケティング&トラベルが行った「外国人観光客の日本に対する喫煙環境意識調査」では、「自国と比べて、日本の喫煙環境をどう感じたか」という設問に対し、全体の64%が「日本の方が良い」と回答している。
個人の意見を尋ねてみても、「日本の喫煙マナーは私の母国よりも良いと思う」(エリック・コジンスキーさん/アメリカ)、「路上の喫煙マナーは日本の方が良い。イタリアは路上のどこでも喫煙しているから」(ダニエレ・ラウロさん/イタリア)、「私の国では喫煙マナーを守らない人が多い。日本人の方がマナーを守っていると思う」(ブラオ・パンさん/タイ)など、その大半は「日本人の喫煙マナーは良い」という意見だった。
もちろん、屋内を禁煙とする国が多いだけに、「マナーは良いが、きちんと分煙できていないレストランも多い」(コンスタンチン・レコンツェフさん/ロシア)や「ヨーロッパのように店内は完全禁煙という店が増えて欲しい」(マリア・ドイチュさん/ドイツ)と、日本でも欧米型の屋内完全禁煙を希望する声があることも触れておくべきだろう。
日本の受動喫煙対策の分煙条件
前述のコメントにもあるとおり、屋内は完全禁煙がスタンダードな欧米諸国に対し、日本では居酒屋をはじめ、レストランやカフェでも喫煙が認められている。そうした喫煙環境及び受動喫煙対策に対し、世界保健機構(WHO)からは「世界最低」レベルにあるとの烙印を押されてしまっている。
しかし、本当に日本の受動喫煙対策は世界最低レベルなのだろうか。飲食店で喫煙ができるといっても、多くの店舗ではエリア分けや喫煙室を設けた「分煙」化を実施しているし、"喫煙マナーの良い日本人"だけに、完全禁煙店舗や禁煙エリアで無理やりたばこを吸う人はほとんどいない。
専門的な話になるが、ここで分煙という規定を詳細に確認しておきたい。厚生労働省が2002年に作成した報告書では「新しい分煙効果判定の基準」として、排気装置による有効な分煙条件を以下のように定めている。
<判定場所①:喫煙所と非喫煙所との境界線>
1:デジタル粉じん計を用い、経時的に浮遊粉じんの濃度の変化を測定し漏れ状態を確認する(非喫煙場所の粉じん濃度が喫煙により増加しないこと)。
2:非喫煙場所から喫煙場所方向に一定の空気の流れ(0.2m/s以上)があること。
<判定場所②:喫煙所>
1:デジタル粉じん計を用い、時間平均浮遊粉じん濃度が0.15mg/立方メートル以下であること。
2:検知管を用いて測定した一酸化炭素濃度が10ppm以下であること。
しかし、そんな判定基準に疑問を投げかける、興味深い実験結果がある。2014年、工学院大学先進工学部環境化学科の並木則和教授(工学博士)が行った「低境界風速条件における空間分煙効果に関する研究」だ。これは、上記の判定場所①の2に記された「0.2m/s以上の空気の流れ」に着目した実証実験である。
「重要なのは粉じん濃度であり、0.2m/s(という空気の流れ)を確保できない店舗でも、喫煙空間内の粉じん濃度にも着目しつつ、0.2m/sよりも低い風速で、非喫煙空間への煙の漏れを防ぐことはできないのかという疑問が実験のはじまりです」と、並木教授はそのいきさつを語る。
ちなみに、0.15mg/立方メートルの粉じん濃度とは「喫煙空間内の煙が薄らいだレベルであり、また、その状態で喫煙空間内の一酸化炭素濃度が平均値で10ppmを上回ることはまずないでしょう」と、並木教授は言う。
実験の方法はこうだ。ルーバー(羽板)による下開口を設けたスライド式ドアで仕切られた、業務用の排気装置を備えた36平方メートルの喫煙空間に3カ所で計12本の喫煙環境を再現。さらに、より現実的な環境を再現するため、喫煙者や店員を想定したマネキンが喫煙空間と隣接する非喫煙空間への出入りを繰り返した場合の、喫煙空間及び非喫煙空間における「浮遊粉じん濃度」を調査した。
「結果として、ドアの開放時に流れ込む外気の風速が0.15m/sであっても非喫煙空間への煙の漏れを防ぐことができ、喫煙空間の粉じん濃度も時間平均で0.15mg/立方メートル以下となることが立証されました。喫煙人数が増加する可能性もありますが、12人が同時に喫煙する状況もそうはない。結構、高負荷な状況下での実験であり、一定の分煙効果が証明されたのではないかと思います」
厚労省の判定基準が、すべての条件ではなく、もっとも重要な「時間平均浮遊粉じんの濃度が0.15mg/立方メートル以下」だけを満たせばよいとなれば、話は変わってくる。0.2m/s以上の境界風速を確保できない個人経営などの小規模店舗にとって、設備投資のコスト削減につながるだろう。
世界で認められた清潔さと、それを維持できるモラルの高さ。受動喫煙対策を進めていく上での、現実的な対応。東京オリンピック開催前に「世界最低」の評価から脱却するために、日本はいま何をすべきだろうか。
