大手プロダクションが切り拓く「8Kドラマ」というフロンティア

大手プロダクションが切り拓く“8Kドラマ”というフロンティア

現在NHKが主導して普及を進めている8Kに、NHKの外から新たな動きがあった。大手映像プロダクションであるイマジカ・ロボットグループのROBOT(ロボット)が、世界に先駆けて8Kのドラマ「LUNA」を9月に制作したという。ビジュアル業界のご意見番的存在である麻倉怜士氏が、「従来の8K映像とは違う地平」と評したその内容は?

麻倉氏:今回は8Kに関する新展開のお話です。映像プロダクションの大手であるイマジカの関連会社ロボットが、世界初の8Kドラマ「LUNA」という作品を作りました。

――おお、ついに8Kのドラマも出てきましたか!

麻倉氏:今まで8Kはスポーツのほか、自然、美術、歴史といった教養ドキュメントなどが中心でした。既に試験放送も始まっている8Kですが、これから一般の放送として普及を目指すには、現状のような一部の限られたコンテンツのためのフォーマットを脱却しなければなりません。8KとHDRの表現力を生かして、果たしてドラマはどのように作れるものなのか。ワークフローも含めた観点からドラマを作ってみたというのが、今回の挑戦です。

 ロボットは、「ALWAYS 3丁目の夕日」など、数多くの作品を手掛けたことで知られる制作会社で、ドラマ制作に関してはもちろんお手の物です。しかし今までは4Kまでしかやっていなかったため、8Kはまさにチャレンジとなります。

――著名なテレビCMやホームページなども手掛けていますね。映画に関しては「踊る大捜査線」シリーズ、「永遠の0」「ちはやふる」などでしょうか

麻倉氏:イマジカグループは映像に関して新技術に挑戦したがる企業で、例えばHDR最初期に「LUCORE」(ルコア)というHDR検証用のリファレンスソフトを手がけています。これは千葉の館山で撮影した短編映像で、窓の外に海の景色があり、建物内にモデルがいるという、典型的な広ダイナミックレンジの映像です。そのほか、ドルビービジョンに関しても国内のプロダクションではいち早く名乗りを上げ、対応した環境を導入するなど、技術トレンドに対して果敢にチャレンジをしています。今回に関しては、8Kでドラマというのがユニークな切り口というか、挑戦的なポイントですね。

 今回の制作にあたり、ロボットは渋谷の公園通りに編集スタジオを開設し、「Quantel Rio(クァンテル リオ) 8K」というノンリニア編集機を導入して、8K編集環境を整えました。この渋谷という土地には戦略的理由がありまして、NHKの本局から徒歩3分という立地なんです。世界最先端の映像技術をリードするNHKですが、実のところ現状ではNHK内でも8Kスタジオは少なく、8K編集の際にはブッキングの取り合いになっています。編集という仕事は時間的なデッドラインがあり、そこまでに絶対仕上げなければいけない訳ですが、そういった切羽詰まった状況下でもスタジオをおさえられないということが多々あるらしいです。そういった編集マンの嘆きに応えるためにロボットはNHKの近くに居を構えたわけで、つまりはNHKの仕事も請け負う事を予めにらんでいる訳です。

――なるほど、需要と供給のバランスが取れた、極めて合理的な判断ということですね。確かに現状の8K映像は多くがNHKの手によるものですから、ここを狙わないわけにはいかないだろうと

麻倉氏:現状ではまだまだパイが小さいですから、8K専門でやろうとした時に世界最大の8KベンダーであるNHKを相手にしないとビジネスとして成り立ちません。この姿勢は制作機材にも表れており、8K関連機材はNHKタッグを組むアストロデザインという会社が非常に強く、ロボットのスタジオでもアストロデザインのものが数多く導入されていますが、先程のRio 8Kや専用ストレージのP2カード、あるいはシャープの85インチ8Kモニターなどなど、実際のところ各種機材はほぼNHKのスタジオと同じです。つまりNHKからわずか3分の位置に予備スタジオができたのです。

 さて今回のコンテンツですが、タイトルのLUNA(ルナ)はフランス語で“月”を意味します。テーマはかぐや姫。といってもジブリのように原典の竹取物語を追ったものではなく、高校の文化祭でプラネタリウムを作る中で、青春ストーリーとかぐや姫のモチーフを織り交ぜるという内容です。映像的にはHDRが大きなポイントとなっており、夜の物語のため中空に浮かぶ暗い月を映したりするわけですが、その時の光の表情やハイライトの中の色の付け方など、8KだけにとどまらないHDRの表現力を追求したそうです。使用カメラはソニーの「F65」で、CGと合成して9月上旬に完成しました。尺としてはだいたい17分です。

麻倉氏:これまでの8Kは、例えばリオデジャネイロオリンピックなどはリアリティーや臨場感といった点を重視しており、映像を見て「As if you were there」つまり”その場に居るような”という気分にさせるための精細感や大画面あるいはHDRでした。LUNAはそういったリアリティーとは全く違うトーンで、いうなれば“ファンタジーの8K”でしょう。単にキリキリと情報量を立ててある物をそのまま出す、というのではなく、物語性や世界観に沿って8Kの精細感を生かして“画で物語を紡ぐ”「ドラマチックな表現力が8Kにはこんなにあったのか」という画調を発見したところが画期的ですね。

――8K時代のフィクション的作画理論を開拓した、というところでしょうか。新たな表現を獲得したからには、それに見合った新たな“表現のツボ”を見極める必要は当然ありますね

麻倉氏:トーン的にはフィルムとビデオの中間くらいです。ビデオ的な精細感を持ちながらも鮮明さへ一方的に振るのではなく、細かい粒子が集まることで滑らかで暖かな、ドリーミーなトーンが形成されていると私は見ました。ただしこれは単にボケているのとは違います。ボケているというのは粒子感が失せて、鉋(かんな)で削いだようにのっぺりした状態です。

 S/NでN(Noise:ノイズ)を排するためにS(Signal:信号)を殺すという、つまりノイズ撲滅のために絶対的な情報量を削るようなものです。これはそうではなく、カチッとした情報はありつつ、それが高密度充填された結果として滑らかになっています。音でいうならば質感の良いハイレゾのような感じでしょうか。MP3やAACといったロッシーな圧縮にありがちな変な輪郭強調はなく、ハイレゾ的微細粒子が高密度で集まって、自然で滑らかでありながらも恐ろしい情報量がある、生っぽい音に聴こえるという感覚ですね。

 そんな微粒子が集まった映像がLUNAの絵です。映像的に8Kの将来性に期待が持てました。具体的にいうと、光の中のグラデーションや解像感など、質感の表現がとても上質でした。この作品は高校生の物語なので、当然役者も若手をあてていますが、その役者の肌表現が実に生々しいんです。若い子の肌というのは潤っているというか、オイリーというか、表面は若々しい湿度を保っています。肌は決して一様にきれいではなく、年代特有の生っぽさを8Kではキッチリと出しており、そういうものがリアルに見えて、2Kや4Kでは見たことのない緻密(ちみつ)さとナチュラルさが同居しています。

――肌のテクスチャー感の表現が恐ろしくハイレベルなんですね。生々しさは作品世界への没入を生みますが、これは同時に、かの“ハイビジョン対応メイク”をも上回る質感を要求されそうで、役者泣かせにもなりそうです(苦笑)

麻倉氏:光の中のグラデーションでいうと、女子高校生のふわっとした白いブラウスの膨らみ感が自然にリアルに出ています。体型にピッタリフィットしたものではなく少々ルーズな衣装で、服の中に空気が含まれてできる半円形の部分に光が当たると陰影ができるわけですが、そこの光のあたり方、ハイライト感とシャドウ感が、8Kの精細管とHDRの光表現が相まってとても緻密な表情で出てきます。暖かな空気感というか、若い人肌の温もりというか、そういった人間味が感じられるような実体感がありました。8Kのスペックをおごるのではなく、極自然にあるがままを撮すことで生まれる、情感豊かな映像です。

麻倉氏:アウトフォーカスも良いですね。ドラマという事もあって今回の作品は映画的な絵作りをしていますが、これまで8Kにおいては解像度を誇るインフォーカスが注目されており、アウトフォーカスに関してはあまり注目されてきませんでした。

 例えばマラソンの引き絵で個々のランナーが識別できるといったように、そういう情報量こそ8Kだと見られてきたのです。ですが今回はインフォーカスとアウトフォーカスの表現が実に素晴らしいです。いかにも8Kという鮮明なインフォーカスはもちろんのこと、実は背景のアウトフォーカス部が「高解像にボケている」。ボケもきっちり粒子を持っており、その1つ1つが集まってボケという明快なオブジェクトを作っています。単にアウトフォーカスでトロンとたれているのではなく、高精細に高先鋭にボケているのが8Kのボケなのです。

 これの何が良いのかというと、ボケに対しても明確な表現がなされているという事です。濃厚な情報量で高密度にボケることでフォーカスの対比感が先鋭化し、それによってインフォーカスがより引き立ちます。被写体を意図的に浮かび上がらせるために背景をキッチリとボケさせて、絵の主役を引き立たせるという機能を持っているわけです。これは撮影術における基本的なカメラテクニックなので、当然これまでもそういったことを狙って映像を作ってきていましたが、8Kでは視聴者の視線をインフォーカスへもっていく力が特に大きく、主題は何かという事が映像内でハッキリと屹立してくるという効果が凄いと見ました。

――ボケに関する話は興味深いです。僕は写真も少々かじっていて、85mmプラナーに代表されるカールツァイスレンズの上質なボケが大好きですが、8Kのボケは写真でいう所の「とろけるようなボケ味」と表現される滑らかさとは別なんでしょうか?

麻倉氏:8Kのボケは2Kや4Kとはちょっと質が違うように思います。2Kの低密度、4Kの中密度なボケ方とは違い、よりボケの情報量が多く、例えばグラデーションもボケの中に入るとより鮮明に色が出てきますね。

――高解像度における色の出方ですか、なるほど。となるとスチルカメラの85mmのように、8K時代に見合った「ボケのためのシネレンズ」「8Kのための望遠レンズ」といった機材の可能性も今後は考えられそうです

麻倉氏:もう1つのフィーチャーポイントはやはりHDR(ハイダイナミックレンジ)でしょう。今回はHDRのピカピカ感ではなく、月の中の模様や街頭や円形の街の表情が見えるという細部表現が主題です。暗所における光の表情、色感というところがきれいに見えるのが特長で、やはり8Kだけでは精細にはなっても暗さと明るさの間での深さといったDレンジ方向は出てきません。8KとHDRが一緒になることで表現力が掛け算になり、絵にドラマチックなリアリティーが与えられるのです。

 ですが、HDRの取り扱いはどうも結構苦労したらしいです。HDRは明部の階調が出るので、例えば夜に街頭のシーンを撮るとランプとフレアが分離します。従来のビデオ的リアリティならば、発光部と分散部がキッチリ分離されていて良しとなるところですが、「果たしてドラマでそれはどうなの?」と。そこはやはりファンタジーのための表現ということで、エッジの階調度を適度に潰しています。

 撮影に用いたF65カメラは8K撮影でもよく用いられるスタンダードなものですが、実のところネイティブのフル8K撮影には対応しておらず、CMOSは8Kですが出力解像度は7Kくらいなのです。4Kあるいは6Kくらいの出力であれば充分ですが、8Kに用いるにはいまひとつで、通常は内蔵のアプコンと超解像を使うのがセオリーです。ですがこれに沿ってLUNAでも試してみたところ、これはどうにもハッキリくっきりのビデオ的で、そのまま使うといかにも超解像なカリカリの画になってしまったそうです。ドラマでの画調としてはイマイチです。

――確かに、最先端の映像技術は映画かスポーツと共に進化してきた訳で、8KはNHKがけん引していることからも分かる通り「放送のための最先端映像」として今まで歩んできた訳ですから、その目的はやはりオリンピックかFIFAワールドカップかとなりますね。従来ドラマ側はハリウッドがけん引役となっていましたが、それに当たるものが8Kには今までなかったわけですから

麻倉氏:そこで試しに編集機Rioに内蔵されているアプコンプラグインの絵を見たところ、パキパキになりすぎず、意図的なファンタジー性を持った柔らかさが得られました。そのため、どちらかを選ぶ際でこちら(編集アプコン)を採用したというそうです。これも8Kドラマ作品としての新しい可能性ですね。アウトフォーカスにも通じるところですが、全体的にキリキリ締め上げるのではなく、適度な潤い感を狙っています。

 あとはCGとの合成にもひと苦労があったそうです。主人公の男子高校生が横須賀の丘の上に立って月を見上げるというシーンがあり、ここでは実景の街の風景と、CGでの藍色の夜空を背景に広く漂う雲と大きく輝ける月、といったオブジェクトを一画面に収めたところ、月がどうにも明る過ぎたとか。その他、実写の夜空の輝度感に合わせて階調感を合わせたり、ノイズが目立つのでノイズリダクションを数パターンに分けて試してみたりもしたようです。

 このように、さまざまな試行錯誤の末に完成したLUNAですが、初の8Kフィクション作品ということで、やはり一筋縄ではいきませんでした。ですがそれも8Kでドラマを作るという目的意識があってのことです。今回のまとめとして、現状の8KはNHKがやってきたような現実以上の現実感を突き詰めるという方向で進んできました。これは4Kとの大きな差別化で、プラスHDRでリアリティーがより現実味を付帯させてきています。LUNAはそれとは違う地平、別の分野において、従来の8Kの文脈に沿いつつも、それを解釈して8Kの中での新しい可能性を拓いた、非常に画期的な作品と評価できるでしょう。

――僕は新技術を常に「新しい表現の可能性」と見ていますが、この文脈に当てはめて言うと「表現の道具としての8K」という言葉で言い表せると思います。フェルメールがラピスラズリを、ジャズがモード旋法やエレキギターをそれぞれ用いて新たな表現を獲得したように、デジタル映像は8Kによって新たな表現を手に入れたのです

麻倉氏:「表現の道具としての8K」それは良い言葉ですね。これまで8Kは現実を伝えるための道具として用いられてきました。ですがここにきて、現実はさておいての表現、つまりディレクターズインテンションを伝えるための、より緻密、より正確、よりドラマチックな8Kというものがここにあるのです。そこへHDRを加えることで、より表現の幅は拡がります。そういう意味でこの時期にLUNAができたというのは大変画期的ではないでしょうか。

 私も2度ほど渋谷へ足を運びましたが、どうやら注目度は非常に高いらしく毎日のように見学者が来ているとのことです。なんでも放送局やプロダクションはもちろんのこと、1時間ワンクールの見学時間にメーカーなどの業界人が絶えないみたいです。あまりに見学者が多いため、現場や担当者からは本来の編集業務がなかなか進まないという悲鳴が上がっているとかなんとか。いずれにしても、NHK以外の大手プロダクションが大々的に8Kに取り組み始めたことは、今後の8K、ひいては映像制作の発展において非常に喜ばしい“事件”ですね。

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