「線路内立ち入り」は法的にどう問題なのか

「線路内立ち入り」は法的にどう問題なのか

タレントの松本伊代さんと早見優さんが、テレビ番組のロケの合間に京都・嵯峨野地区のJR山陰本線の線路内に立ち入ったことを理由に鉄道営業法違反に問われ、いわゆる書類送検をされることとなった。著名な2人ということもあってか、あちこちで大きく取り上げられている。

 しかし、線路立入については、線路が住民の生活道路化している事例もあると聞くし、いわゆる「撮り鉄」と線路立入についての話題も多い。もう20年以上前になるが、下北交通大畑線(現在は廃線)の「秘境駅」として有名であった樺山駅の秋空の下でのんびりしていたら、突然線路から地元のおじさんが姿を現し、驚いたことを思い出す。

■新幹線の線路内立入なら懲役も

 今回書類送検の根拠となった鉄道営業法第37条は「鉄道地内にみだりに立ち入る行為」について科料10,000円未満とする罰則と定めている(罰金等臨時措置法による調整)。

 ちなみに、在来線ではなく新幹線の敷地内へ立ち入った場合には、新幹線特例法(正式名称は「新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法」)の適用を受けることになって、より重い新幹線特例法違反の罪が成立する。この場合には、科料にとどまらず、1年以下の懲役または5万円以下の罰金で処断されることになる(第3条2項)。

 刑罰法規が存在するのは「法益」を保護するためである。読んで字のごとく法律で守られるべき利益を保護するというものである。

 一番分かりやすい保護法益は人の生命や財産である。人を殺す行為がなぜ殺人罪(刑法第199条)で罰せられるのか、人の物を盗む行為がなぜ窃盗罪(刑法第235条)で罰せられるのか。前者は人の生命が保護されるべき法益とされているからであり、後者は人の財産が保護されるべき法益とされているからである。

 そして、保護されるべき法益は多様に存在する。個人の生命財産のような個人の利益だけが保護されるわけではないし、形あるもの、目に見えるものだけが保護されるわけでもない。社会の安全、社会の秩序、社会の信用、自然環境などあらゆるものが保護されるべき法益になりうる。

鉄道営業法で「守られるべき利益」は何か

 では、鉄道営業法第37条が保護しようとしている法益はどのようなものであろうか。

 鉄道営業法は明治時代から今に生き続ける歴史ある法律であり、鉄道営業の基本を定める法律である。その構造を見ると、第一章「鉄道ノ設備及運送」、第二章「鉄道係員」、第三章「旅客及公衆」という立て付けがされている。そこには、不正乗車の場合の割増運賃徴収の規定(第18条)や今回のような無許可の鉄道地内への立入禁止(第37条)などが定められている。

 規定を通観すると、鉄道営業法は、鉄道営業に関する基本的なルールを定め、高速度交通機関である鉄道事業の安全、円滑、適正な営業を確保するために、乗車券や運賃についてのルール、鉄道係員が守るべきルール、旅客や公衆が守るべきルールを定めていることが分かる。鉄道営業法上の刑罰法規は、鉄道という交通システムの安全、円滑、適正な営業を確保するために設けられているということになる。

 線路内立入に対する処罰も、鉄道会社の財産への無断立入という観点からではなく、鉄道の安全、円滑、適正な営業を確保するための手段と考えるべきであろう。

■「往来の危険」が生じなくても違反になる

 なお、同じように鉄道営業を阻害する行為を処罰するものとして、より罪の重い往来危険罪(刑法第125条第1項・2年以上の懲役)、あるいは過失往来危険罪(刑法第129条第1項・30万円以下の罰金)がある。

 しかし、往来危険罪、過失往来危険罪は、法律の規定上「往来の危険を生じさせた」ということが要件となっている一方、鉄道営業法の鉄道地内立入は「往来の危険を生じさせた」ということは要件とされていない。鉄道地内に立ち入る行為さえあれば、他の妨害行為をしなくても即犯罪として成立するということになる。

 これは、鉄道地内立入の行為が形式的類型的に鉄道営業を阻害する性質を有しているものととらえ、立入自体に網をかけて、より安全、円滑、適正な鉄道営業を確保しようというものである。具体的に事故を起こす危険がなくても自動車の制限速度違反を処罰する、道交法の扱いに似たようなものである。

 線路内への立入は立入者自身にとっても危険な行為であることは言うまでもない。しかし鉄道営業法の視点からは、誤解を恐れずに言えば立入者の具体的な生命身体の安全確保は二の次ともいえる。

 もちろん、鉄道事故から立入者の安全を守るという目的が皆無とはいえないし、間接的には、線路立入に対する処罰に抑止力を持たせ、立入をためらわせることによって立入を試みる者の生命身体の安全を守るという効果はある。しかしそれよりも、安全、円滑、適正な鉄道営業の確保に対する挑戦が立入者からなされたということに対して、相応の処罰をもって対処することが優先されるのである。

具体的影響がなくても「危険なもの」

 線路内立入の全てが処罰されるわけではないし、全てを処罰するのも物理的に不可能である。鉄道営業法第37条違反の罰則は科料という軽いものが定められており、線路立入の軽微なものまで処罰する必要があるかという視点もあろう。しかし、列車の運転に具体的な影響を与えなくても、それが類型的、形式的に列車運行に対して危険なものと一律に扱われるものであるということを認識すべきである。

 ひっきりなしに列車が行き交う路線でもない限り、線路でもホームでも列車が来ていないときには少しくらい限界線を越えても大した問題ではないように思うこともあるかもしれない。しかし、具体的な危険がそこになかったとしても、鉄道地内へのむやみな立入行為は自身に危険なだけでなく、鉄道営業に対し類型的、形式的に危険かつ大きな影響を与えるものと考えられているということを、我々も今一度肝に銘じるべきである。

■ホーム上での行動にも注意を

 肝に銘じるついでにだが、線路のように人が立ち入ることを想定しない場所についてだけでなく、ホーム上での行動も十分に注意されるべきである。

 たとえば、最近は駅のホームで三脚を立てての写真撮影が禁じられることが多い。その禁止に反して三脚を立てたり、あるいは白線等をまたいで三脚を立てたりしたからといって、有効にホームへ立ち入ることができる利用者のその行動を「みだりに鉄道地内に立入った」ということは難しい。

 しかし「形式的に危険」とは認められず、それだけでは刑事事件にならないものであっても、その結果、故意または過失により列車に対して個別具体的な危険(三脚が列車に接触するなど)を発生させるようなことがあれば、単なる鉄道営業法違反を越えて、前述したより重い往来危険罪や過失往来危険罪が成立することもあり得る。

 係員の制止を抑圧するようなことがあれば、鉄道事業者に対する威力業務妨害罪(刑法第234条・3年以下の懲役または50万円以下の罰金)の成立すら考えられる。刑事責任だけでなく列車運行に混乱を与えれば、民事上の損害賠償責任を負うこともあり得る。

 今回のことを他山の石として、知らず知らずのうちに自分に対しても周囲に対しても重大な結果を招くことがないようにしたいものである。

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