昆虫に懸ける、名カメラマンが語る昆虫映像の「リアル」

名カメラマンが語る昆虫映像の「リアル」

小型昆虫撮影のスペシャリストとして第一線で活躍しつづける昆虫カメラマン・栗林慧。接写のためのカメラまで自前で開発した。昆虫に懸ける、ほとばしる情熱とあくなき探究心の源泉に迫る。

■撮影が難しいからこそチャレンジ精神がかき立てられる

 ――50年にわたり一貫して昆虫を撮り続ける栗林さんは、多くのテレビ関係者にとってあこがれの存在です。そのエネルギーの源は何ですか。

 昆虫は相手にして飽きない相手なんです。それは、変化に富んでいるからなんですよ。昆虫は生きもののなかでも特に多様性に富んでいて、どれだけ撮影しても飽きるということがありません。また、撮影がとても難しい。難しいからこそ、つねにチャレンジ精神を掻き立てられる相手なんですね。

 今は技術もどんどん進歩していて、以前1回撮影した同じ昆虫でも、機材が変わって画質が良くなると、また撮影してみたくなる。今度はどういう撮り方をするか、見る人はどういう撮り方をしたら楽しんでくれるか、そういうことをいつも思いながら、カメラマン生活はもう50年になります。

 ――海外にもたびたび赴かれて、かなりの数の昆虫を撮影されていますが、今後さらに挑戦してみたい昆虫はいますか。

 オーストラリアに、ジャンプするアリがいるんですよ。カンガルーが歩くと、その近くでぴょんぴょん飛び跳ねる。飛び上がるときはちゃんとジャンプするんですが、落下するときはひっくり返って着地する。以前撮影したことがあるんですが、当時の技術では気に入った撮り方ができませんでした。今はハイスピードカメラの技術が向上しているので、そうした技術で改めてしっかりと撮影してみたいです。

今の動物番組の制作者に伝えたいこと

 また、南米のパナマにハキリアリというアリがいます。その名前のとおり、自分の何倍もある葉っぱをくわえて運ぶ姿が有名で、葉っぱの行列みたいなものができる。以前撮影したのは雨期のハキリアリの姿だったんです。乾期になると葉っぱが落ちて、代わりに花が咲くのですが、今度はハキリアリが花をくわえて列を作るので、花の行列ができるんですよ。いつかはこの「お花の行列」を撮ってみたいですね。

 ――これまでのキャリアのなかで、さまざまな制作者とお仕事をされたと思います。今の動物番組の制作者に伝えたいことはありますか。

■上質な昆虫番組を作るには2年の撮影期間が必要

 大学で生物学を専攻した人など、生きものについての専門性を持つ人を採用して、制作者に育ててほしいと思います。BBCでは、生きもののことを学んだ専門家が単なる監修ではなく、実際の制作者として携わっています。そのことが内容をしっかりさせることと、視聴者を楽しませることを両立させていると思います。日本の制作現場には専門家でありながら制作者であるという人材がちょっと足りないと思います。

 少なくとも、撮影対象の生きものについてもっと勉強することが大切だと思います。生きものの生態を理解していないと、頭の中で作った物語に縛られ、生きものの本当の姿を描けなくなることがあります。

 たとえば南米のエクアドルでヘラクレスオオカブトという巨大なカブトムシを撮影したとき、こんなことがありました。現地に入るまでの僕は「巨大なオスが他のオスと戦うシーンを存分に見せよう」と考えていました。日本で見かけるカブトムシは、大きな木の樹液が出ている部分に集まって、食べ物となる樹液を奪い合って戦います。ヘラクレスオオカブトでもそうした場面がいっぱい撮れると思っていました。でも実際に現地の森でヘラクレスを探してみると、木の幹にはいないんです。

 探しまわってやっと見つけると、枝の上にとまって、皮をかじってそこから出てくる樹液を1人で食べていました。ヘラクレスは食事のときに他の個体とバッティングしないんです。それを見て、私はピンと来ました。ヘラクレスのオスはメスをめぐる戦いはしそうだけれど、食べ物をめぐるバトルはしないんだなと。

撮れたものだけでまとめてしまうのではなく

 また、制作にもっと時間をかけられるようになってほしいと思います。日本では、自然番組の撮影期間が2~3カ月というケースもありますが、それでは足りないと思います。上質な昆虫番組を作るには、最低2年は必要です。

 昆虫には発生のシーズンがあって、だいたいその季節を狙います。でもそのときに、もっとこう撮りたかった、ここをもっと突っ込みたかったと思っても、シーズンが終わるともうその年は何もできません。そこであきらめて、とりあえず撮れたものだけでまとめてしまうのではなく、次のシーズンも撮影して完璧なものにする。そうしたことができるような文化、環境が整ったらいいなと思います。

■事実に基づいて生態を「再現」する手法も駆使

 ――昆虫の生態を撮影するのはいろいろと苦労があると思います。

 昆虫の生態すべてに、たまたま出会えるということはありません。昆虫の生きざまをカメラに収めるためには、やっぱり集めたり飼育したりします。たとえば2015年に公開した映画『アリのままでいたい』は、カブトムシのさなぎが脱皮して成虫になる場面から始まります。こういう場面を撮影するためには、やはり事前にたくさん幼虫を用意しておきます。幼虫も個体それぞれで成長のタイミングがずれるので、それぞれがさなぎになった頃を見計らい、幼虫たちが作った巣をカットして、断面を作って撮影しました。

 この映画では、カマキリも主役のひとり。場面は卵が孵化(ふか)するところから始まります。カマキリの孵化は1年に1度しかありません。撮影が失敗できないので、とても緊張しました。卵が孵化するのは5月ごろですが、この場合も冬の時期からカマキリの卵を探しておきました。ここで役に立ったのが、長崎県平戸市の田平町で長年撮影してきた経験です。だいたいどのあたりにカマキリが卵を産むか見当がつくんです。そうして卵を10個ぐらい集め、自分の目につくところに並べておきました。4月ごろからは毎日観察して、孵化するのを待ちます。でも、最初の1つ目は撮影しないで、まず観察します。そうすると、次に孵化するもののタイミングがわかるので、そこから撮影に取りかかります。

 ――そうした撮影手法に否定的な人もいますが……。

 生きものなんだから、事実に基づいた再現は、見せるためには必要だと、僕は考えています。海外では再現を駆使して生きものの正しい生態を表現しているものも多いです。それをやらせだ、捏造だという人はいますが、僕は生態的に実際にある場面、自分が実際に目撃したシーンを再現させるのは良いと思っています。前述の映画でも、再現シーンを盛り込みました。わが家の周辺には、飼い猫や野良猫も含めて結構猫がうろうろしているんですが、普段の彼らを見ていて、猫がカマキリを見たら飛びかかって行くのがわかっていました。そこで撮影のときにも、子猫を1匹カマキリの近くにつれてきて、子猫がカマキリにちょっかいを出す場面を撮影しました。

いろいろなことができて、それぞれ全部普通になるより

 ――これまでいろいろな撮影技術を開発してきた栗林さんですが、今の時代で注目している技術はありますか。

 何が進歩したかって照明、ライトですよ。昆虫は熱を一番嫌がります。その点、ハロゲンの照明は明るくするためにすごく熱が出て、昆虫に刺激を与えてしまって撮影にならないこともありました。ところがLEDは高温にならずに必要な光量が得られるんです。まさにライト革命です。あと、監視カメラの技術もおもしろいですよね。最近の技術では、空間全体を映しておいて、後で欲しいところだけ切り取ったときに、画像のゆがみが調整できてしまいます。

 昆虫カメラマンとして一番注目しているのが、カメラの小型化の技術です。手前にいる昆虫と遠くの景色のどちらにもピントが合う、超被写界深度接写ビデオカメラ「虫の目ビデオカメラ」は、小型化した民生用ビデオカメラを改造して作りました。ビデオカメラ本体に内蔵されているレンズユニットを取り除き、結像部分に35ミリ用レンズのレンズマウントを接合して、カメラの先端に医学用の硬性内視鏡を取り付けたものです。そうした開発には今でも取り組んでいます。以前は秋葉原の電気街に行って、いろいろな部品を探していました。それが今では、ネットで探しています。ネットで探せば、日本にまだ紹介されていないものもたくさん見つかりますね。

 今は、「GoPro」(小型ウエアラブルカメラ)を使った撮影機材の開発に取り組んでいます。僕が使うものは業務用のものよりも民生用のものが多いです。民生用のほうが小さいので昆虫撮影には最適です。これを改造して、昆虫をクローズアップできるようなものができないかと試行錯誤しています。

■専門性を追求するカメラマンがもっと増えてほしい

 ――映像はネットで見る時代になりつつあります。ネット配信などはお考えですか。

 そういう考えはチラついています。ただ、ネット配信はもうちょっと研究しなきゃいけないと思っています。実は、最近孫が大学を卒業して、ホームページを改良してくれました。彼は、昆虫の映像を世界に配信できるような仕組みを作ったらいいんじゃないかと言ってきます。

 ――最後に、テレビに携わる人々や、テレビ局に対して伝えたいことはありますか。

 最近は「昆虫カメラマンになりたい」と、僕のところにやってくる若者がいなくなってしまいました。以前は毎年1人か2人は必ずいました。昆虫が好きだという子どもはいます。でも、それも小学校低学年まで。そのうえ、昆虫自体も減ってきたような気がしています。そういう状況のなかでも、正確に生きものの記録を放送することは、教育的にも必要だと思います。だからテレビ局は、視聴率を気にしないで放送してほしい。

 一方で、カメラマン自身も新しい撮り方の工夫や努力を続けなければいけません。そのためにも、ひとりのカメラマンがあまりマルチにいろいろなことができるようになるのはお勧めしません。いろいろなことができて、それぞれ全部普通になるより、何かを突き詰めて専門的になるほうがいいと思います。

 本心では、僕の撮影技術を皆さんに使ってほしい。海外の仕事は若い世代のカメラマンに任せて、僕自身は日本のいわゆる里山を舞台に、身近な昆虫のまだまだ知られていない姿を紹介していきたいと思っています。

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