『ラ・ラ・ランド』『君の名は。』が大ヒットする社会の危うさ

『ラ・ラ・ランド』『君の名は。』が大ヒットする社会の危うさ

今週はアカデミー賞の授賞式がありました。最後の作品賞の発表で間違えられるというハプニングばかりが報道されましたが、個人的には『ラ・ラ・ランド』が6部門で受賞したことに興味を覚えました。というのは、『ラ・ラ・ランド』と日本で大ヒットしたアニメ映画『君の名は。』には2つの共通点があり、日本と米国の双方が同じ問題に直面していることを示しているように感じられるからです。

● 日米で大ヒット『ラ・ラ・ランド』 『君の名は。』の共通点はスマホ?

 それでは、『ラ・ラ・ランド』と『君の名は。』の共通点とは何でしょうか。個人的に感じたことであり、的外れかもしれませんが、第一にどちらの作品もストーリーより映像の美しさが評価されていることです。

 以前この連載でも書きましたが、『君の名は。』は新海誠監督の世界観や映像の美しさで大ヒットした一方で、アニメ業界の大御所は「あれは映画というより100分に渡る壮大なミュージック・クリップだ」と評価していました。つまり、じっくり観て考えるというより、気楽に観て気持ちよく感じるという要素の方が大きかったわけです。

 そして、『ラ・ラ・ランド』を観た人の感想を聞くと、同じように「映像が綺麗だった」という感想ばかりが目立ちます。ストーリーは二の次、というかストーリーの感想はあまりなく、とにかく映像のことばかり。『君の名は。』と同様に、気持ちよく観られるのが特徴だったのです。

 なぜ、日米で同じようなつくりの映画が大ヒットしたのでしょうか。個人的には、日米の双方で多くの人がスマホ中毒になっているからではないかと思います。スマホを使い過ぎると、コンテンツを気楽に受け身で流し読みするのが当たり前となり、またテキストの読み方やコンテンツの鑑賞の仕方が気楽で快適な“浅い読み”ばかりになります。

 人間の脳は環境に適応することを考えると、長時間スマホを使っていたら、スマホ以外でも同じようにコンテンツを観ることになります。そうなると映画についても、オスカー作品賞を受賞した『ムーンライト』のように、映画に没入して能動的に考える作品よりも、気楽に観られる『ラ・ラ・ランド』のような作品のほうが、多くの賞を受賞して当然と言えます。

 逆に言えば、『ラ・ラ・ランド』と『君の名は。』のヒットが示しているのは、スマホの使い過ぎの弊害が出始めているということではないでしょうか。スマホを使い過ぎて、多くの人が知的な面で非常に怠惰になってきているのです。

● 悪気のないオマージュに見る 作り手の著作権意識の変化

 第二の共通点は、どちらも過去の名作へのオマージュという要素が強いことです。『君の名は。』には、過去の名作アニメや映画を彷彿とさせるシーンがところどころに出てきます。この点についてアニメ業界の関係者に聞いたところ、「新海監督はパクリとも言えることを悪いとは思っていない」と言っていました。正確に言えば悪くないと強弁しているのではなく、それはアニメ好きにとってごく普通のことと思っているようで、44歳という年齢とアニメオタクという出自を考えると、自然とそういう感覚になっているのでは、と言っていました。

 そして、この点についても『ラ・ラ・ランド』は同じで、往年の名作ミュージカルを彷彿とさせる描写が散りばめられています。もちろんその理由はわかりませんが、監督が32歳という若さであることを考えると、これも新海監督と同様に、本当に悪気なく当然のように自分が好きな作品の名シーンをうまく散りばめたのかもしれません。

 これらの事実が意味するところは、著作権に関する意識の明確な変化です。私のように歳をとっていて、かつコンテンツ業界に関わっている者からすると、著作権を尊重して守ることは当たり前であり、パクリと言われかねない行為は慎重であるべきと思えるのですが、子どもの頃や多感な時期をデジタルやネットがあって当たり前の環境で過ごした若い世代やオタクたちにとっては、作り手の立場からであっても、それは古臭い非常識に過ぎないのでしょう。

 確かによく考えたら、たとえばマシンラーニングでもコンピュータによる複製という行為が絡んできますが、そこで厳格な著作権保護ばかりを主張すると、日本でのマシンラーニングの発展を阻害しかねません。

そう考えると、もちろんデジタルの時代といえども著作権の保護が必要なのは当然であり、かついまだに導入が主張される“日本版フェアユース規定”(ネット上での複製を自由にする)などは論外であるものの、保護の度合いの見直しは不可欠ではないでしょうか。

● 日米両国の人々が2作品を きっかけに考えるべきこと

 このように考えると、こじつけのようになってしまうかもしれませんが、『ラ・ラ・ランド』と『君の名は。』の両作品は、作品の出来の素晴らしさのみならず、日米両国にとって重要なインプリケーションを含んでいるように思えます。

 まず、そろそろスマホの使い過ぎの弊害を意識すべきです。スマホの使い過ぎは、集中力の低下、テキストの読み方が浅い読みになる、行動が受け身になるなど、クリエイティビティや独創性が重要な時代にもかかわらず、人間をそれと正反対の方向に導いてしまいます。

 個人的には、政府がスマホの利用時間を規制することが必要と思っていますが、さすがにそれは非現実的なので、それならせめて個人レベルでスマホのリスクをもっと意識すべきではないでしょうか。

 次に、著作権のあり方については、日米双方とも継続的に見直しを行っており、日本では文化庁が最近、著作権法改正の方向性を示しました。

 ただ、こうした見直しはもちろん重要ではあるものの、かつての著作権法の部分的な修正にとどまっているのも事実です。もしかしたら若い作り手の意識も変わりつつあるという現実を考えると、こうした継続的な見直しを行いつつも、どこかのタイミングで制度自体を根本から見直すことも必要ではないでしょうか。

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