<福島沖地震>津波の恐怖、再び 「高台へ」教訓生きる
「5年前の恐怖がよみがえった」--。22日早朝、東日本大震災の被災地を再び襲った福島沖地震による津波。避難所や高台に逃れた人々は一様に安堵(あんど)の表情を見せた。その一方で、大震災と同様に避難をしなかった人も多く、大震災の風化を心配する声も。一部地域では避難の自動車で渋滞が起きるなど混乱も再現された。
◇高齢者ら迅速避難
「東日本大震災の状況を思い出しながら、素早く判断し、行動できた」。福島県いわき市のグループホーム「しおさい風の詩」の職員、塚本博恵さんが振り返る。22日早朝の地震発生当時、施設にいた職員は2人。津波警報発令から10分もたたないうちに、近所に住む職員ら7人がホームに駆け付けた。大震災で多くの住民が死亡した久之浜地区。当時は近くの川に津波が押し寄せ、氾濫寸前だった恐怖が、職員らの素早い行動につながった。
職員らは、車いす利用者を含む入所者8人を車に分乗させ、約900メートル先の中学校へ。避難する車で渋滞していたが、地域に詳しい職員が裏道を選び、津波到達前の午前6時20分ごろには到着した。
一方で避難しない判断をした施設も多い。いわき市四倉町のグループホーム「大地の家」は海岸線から約500メートルで、市が津波避難場所に指定する神社へは5分で避難できた。しかし、担当者は「入所者8人が寒空で体調を崩す危険のほうが重大。施設に待機したほうが良いと思った」。
地震の約2時間後に津波注意報から警報になった宮城県石巻市の特別養護老人ホーム「アゼイリア」は入所者が約130人と多く、「避難は逆に危険」と考えた。仙台市若林区の地域密着型特別養護老人ホーム「チアフル古城」も入所者38人に職員3人で、小野澤広子施設長は津波の状況を見ながら避難しない決断をしたという。
一方、大震災の津波で1000人超が死亡した岩手県釜石市では213人が指定避難場所に逃れた。今月5日の避難訓練では約1300人が避難しており、市の佐々木亨危機管理監は「良くない結果だ」と懸念を口にした。
<福島沖地震>避難車で渋滞、課題も
福島県沖を震源として22日午前5時59分ごろに起きた地震。同県いわき市沿岸部の小名浜地区から内陸部へ向かう県道は、午前6時半から約1時間にわたり、高台に避難する車で渋滞し、1キロ近い車列ができた。東日本大震災で立ち往生した車が避難の障害になったことを踏まえ、市は徒歩での避難を呼びかけていたものの、徹底されず、市の担当者は「訓練などで周知していきたい」と話している。
いわき市では大震災後に策定した地域防災計画で徒歩での避難を原則とし、今月5日に実施した総合防災訓練の参加者も、歩いて高台の避難場所に向かった。ところが、22日早朝は、自動車を使う人たちが相次ぎ、市小名浜支所の遠藤英子次長は「車内で暖を取れて家族一緒に逃げられることから、車での避難を選んだ人が多くなり混雑につながったのでは」と指摘した。
<福島沖地震>鉄道や空港で運休相次ぐ
福島県沖を震源とする22日の地震で、東日本の交通網は一時的に混乱した。津波警報・注意報を受けて自治体などが避難指示を出したため、鉄道駅や空港などで担当職員らが乗客と共に退避。地震による設備被害などは見付かっていないが、一部の運転再開は午後にずれ込んだ。
鉄道では常磐線の茨城、福島、宮城県の沿岸部を走る一部区間で避難指示が出された。磯原駅(北茨城市)や植田駅(福島県いわき市)などでは停車した列車の乗客や乗務員らと共に、駅員も避難した。
常磐線の運転再開は午後3時半と、在来線では最後の再開となった。避難指示などが解除されないと線路などの安全点検ができなかったことが原因。JR東日本水戸支社は「安全確保が一番。駅ごとに事前に避難場所などを定めており、役立ったようだ」と話す。東北、仙石線などの一部区間でも駅員らが乗客と共に避難した。
始発便から運転を見合わせたJR東日本の新幹線は順次、運転を再開し、午前9時20分には山形新幹線が復旧した。東北、山形、秋田、上越、北陸の5路線で計8本が運休し、計73本に最大135分の遅れが出た。影響人員は約4万6730人。
空の便では仙台空港(仙台市)で国内線計37便が欠航となった。津波警報を受け、空港を運営する仙台国際空港会社が退避を指示。航空会社の乗務員や地上要員らもターミナルビルの上層階などに避難した。
滑走路に被害はなかったが、日本航空では安全確保を優先し、仙台市内に宿泊していた初便の乗務員らには待機を指示するなど、各航空会社は一部の便を欠航せざるを得なかった。
高速道路では、ネクスコ東日本が津波警報で二つのインターチェンジを閉鎖。このうち、有人の仙台港インターチェンジ(仙台市)では係員らも避難した。
