田原総一朗:「トランプ大統領」誕生の先に何が起こるのか?
全世界が注目したアメリカ大統領選挙は、共和党のドナルド・トランプ氏の勝利で幕を閉じた。投開票が始まった米現地時間11月8日(日本時間9日朝)までは、アメリカのマスコミも日本のマスコミも、民主党のヒラリー・クリントン氏が勝つと思っていた。大変な番狂わせだった。
トランプ氏は行政経験が全くない。だから共和党の予備選挙が始まったころ、トランプ氏は、いずれ姿を消す泡沫候補だと言われていた。
さらには、トランプ氏の発言を、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどの一流紙が「暴言だ」と痛烈に批判していた。しかし、トランプ氏は、暴言だという厳しい批判を浴びながら、それを繰り返した。
例えば、メキシコからの不法移民を阻止するために、メキシコとの国境に万里の長城のような壁を建設すると言った。また、イスラムからの移民は一切認めないという発言もあった。
日本や韓国、ドイツなどの同盟国に、アメリカ軍の駐留するための経費をもっと負担しろと主張した。もし、経費を負担しないならば、駐留している軍隊を引き揚げるとまで言った。
特に、日本や韓国は現在アメリカの核の傘の下に入ることによって北朝鮮や中国からの核の脅威から守られているが、日本や韓国は核を持ってもいいから自国で核の脅威に備えろ、といった趣旨の発言もあった。
最も重大なことは、世界の警察官をやめるということだ。
元々は、オバマ大統領が世界の警察官をやめると言っていた。これは何かというと、アメリカは、第二次世界大戦後、世界の警察官としてがんばってきた。冷戦の時には、ソ連を中心とした東側の脅威から、西側の諸国を守るための「警察官」として機能し、あるいは冷戦が終わった後は、まさに世界の警察官として、様々な民族紛争を抑えるために働いた。
ベトナム戦争、朝鮮戦争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争では、多くの兵が犠牲になり、しかも膨大な経費がかかった。
ところがそのことで、アメリカは世界から尊敬されるどころか非難されている。特にイラク戦争は、アメリカがフセインの独裁政権を倒そうとした戦争だが、フセインを潰したら、イラクはかえって大混乱に陥った。その延長線上で国際テロ組織「イスラム国」(IS)までできた。これは大失敗であった。
アメリカは、多くの犠牲を払いながら、逆に非難されることとなってしまったのだ。共和党のブッシュ政権時代に起こした湾岸戦争やイラク戦争は失敗だったという声が上がり、それに反対したバラク・オバマ大統領が国民の支持を得て当選し、初の黒人大統領となった。
ところがオバマ大統領になっても、国際情勢は全く好転しなかった。それどころか、国際情勢はむしろ混沌を深めている。
オバマ大統領は世界の警察官をやめると宣言したにも関わらず、やめる気配は一向になかった。むしろ、イラクやシリアに空爆をし、世界の警察官の役割を強める結果となっている。
中国が東シナ海や南シナ海に進出した際には、アジアの安全保障のために、日本や韓国、東アジア諸国と連携して、中国に圧力をかけている。
ウクライナ問題でも、ヨーロッパと組んで、ロシアの侵攻を阻止しようとした。つまりオバマ大統領は、世界の警察官をやめると言いながら、実態としては、世界の警察官をやめていない。
そこでトランプ氏は、本当に世界の警察官をやめて「アメリカ第一主義(アメリカ・ファースト)」にすると主張した。今までアメリカは、世界の警察官をやるために犠牲になりすぎていた。それをやめて、アメリカを本当に変えるんだとアピールした。
オバマ大統領は、「Change」――即ちアメリカを変えると言いながら、結局何も変えなかった。だからオバマ大統領を引き継ぐクリントン氏では、変えることができないと多くのアメリカ人が感じたのだろう。そしてトランプ氏の「変える」といいう言葉に共感を得たのだと思う。
アメリカ人、特に「プア・ホワイト」と呼ばれる所得の低い白人たちの多くは、アメリカの現状に強い不満を持っている。それは世界の警察官をやることによる犠牲に反発しているという面もあるが、実は、それ以上にアメリカには貧富の格差の問題が大きく横たわっているのだ。
例えば、日本の一部上場企業の経営者がもらう年収は、せいぜい数億円程度だ。しかし、アメリカの経営者は数十億から百億円近く取っている。それに対し、アメリカのエリートサラリーマンを除く一般の人は、日本の労働者の給料より安い。
しかも、労働条件は、日本よりはるかに悪い。日本には終身雇用制度が存在するが、アメリカにはそれがない。景気が悪くなれば、すぐに解雇できる。そのため、貧富の差が大きく、労働条件も非常に悪い。
さらに白人たちは、将来アメリカではヒスパニック系住民が労働の担い手となり、白人はマイノリティーになっていくのではという不安を感じている。だから、白人の権利を守れと主張しているのだ。
アメリカでは、共和党というのは保守だ。民主党はリベラルだ。そのリベラルが今、アメリカでは支持を得ていない。実は、アメリカのニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなど一流紙は、「アンチトランプ」を唱えていたが、マスメディアというのは基本的にリベラルというのが理由でもある。それは日本でも同様だ。
ところが、リベラルであるためには、ゆとりがなければならない。それから、将来の見通しがないとリベラルに賛同することはできない。
今のアメリカ人は、ゆとりもない。将来展望もない。オバマ大統領は、2008年の大統領選挙で、「アメリカの夢」を掲げて当選した。アメリカ人はそれに心を動かされ、オバマ大統領を支持した。
ところが、夢を掲げたものの、夢は何も実現しなかった。アメリカは、将来展望がなく、ゆとりもなくなってしまった。そういう中で、リベラルが生存する条件が、非常に厳しくなってきたのだ。
そこで、クリントン氏は、オバマ大統領の路線を継承してリベラルを守ろうとしている。しかし、アメリカ人にとって、クリントン氏の発言は、エリート意識が丸出しだとして賛同できなかった。
クリントン氏は自分たちとは違う。クリントン氏がリベラルを主張できるのは、彼女が金持ちで、エリートだからだというイメージを、国民に植え付けてしまった。だから、国民から見ると、クリントン氏は上から目線に思えてしまう。これが、クリントン支持が広がらなかった大きな理由だと思う。
今のアメリカ人は、エリートに対する反発がとても強い。その感情ともとも相まって、反クリントンに結びついていったのだろう。
クリントン氏はオバマ政権の国務長官時代に環太平洋経済連携協定(TPP)をやると言っておきながら、今はやらないと言っている。プア・ホワイトから見れば、彼女は嘘つきに見えたのだ。これまで民主党が優勢だったミシガン州で共和党のトランプ氏が勝利したのも、「ラストベルト」(錆び付いた工場)と呼ばれるデトロイトなどの自動車産業が、民主党の政策に嫌気がさした表れでもある。
こうした背景の中、トランプ氏の「世界の警察官をやめる」「アメリカ・ファースト」「アメリカを変える」という発言が国民の共感を呼んだのだと思う。こうした口当たりのいい言葉を駆使したポピュリズムが支持されたのだ。
アメリカでは、ワシントンに詳しい政治のプロが意外と国民から嫌われる傾向がある。例えば、ジョージ・ブッシュ氏とアル・ゴア氏の戦いの時に、ビル・クリントン政権で副大統領を務めた民主党のゴア氏の方がはるかに政治家としてプロだった。
しかし、プロが嫌われてブッシュ氏が当選した。こういった例はほかにもある。素人っぽいところが支持されて当選したのは、ジミー・カーター氏、ロナルド・レーガン氏などが挙げられる。レーガン氏は本職は俳優だった。
このように行政経験のない実業家のトランプ氏が、逆に「新鮮味がある」と感じられたというのも、国民の支持を得た大きな要因の一つだろう。
ではトランプ氏はこれからどうするのか。
トランプ氏はおそらく、世界の警察をやめるという展望はあるのだろうが、どうやってやめるのかを考えると、僕は対中政策や対イスラム政策について、むしろ中途半端ではなく、強硬的になるのではないかと思う。
オバマ大統領はむしろ中途半端だった。オバマ大統領の支持が落ちたのも、この点にある。例えば、シリアのアサド政権は、化学兵器を使っていた。オバマ大統領は化学兵器に対して断固反対し、これを阻止するために空爆をした。しかし、結局はアサド政権とは何の交渉もやらなかった。最終的に、ロシアのプーチン大統領がアサド氏と話し合って、化学兵器をやめさせたのだった。
それから、オバマ大統領は就任早々の2009年、プラハ演説で「核兵器を廃絶する」と宣言し、その年のノーベル平和賞を受賞した。しかし、核なき世界は全く実現できていない。
つまり、オバマ大統領はきれい事を言いながら、全く成果を出せていなかったとトランプ氏はさんざん批判したのだった。さらに、クリントン氏はオバマ大統領の政策をそのまま引き継ぐと言っているだけだから、何もできないだろうと強調した。
そういう批判が、かなり国民の共感を呼んだのではないだろうか。
また、トランプ氏は、世界の警察をやめると言っているが、その代わりに世界の警察をアメリカだけじゃなくて北大西洋条約機構(NATO)がその役割を担うという発想を持っているとも言われている。
今後、トランプ氏が大統領に就任したら、日本もNATOに入れと言ってくるかもしれない。
グローバリズムが、今は世界を覆っている。
そのきっかけが欧州連合(EU)の誕生だ。第一次世界大戦、第二次世界大戦でヨーロッパ全体が戦場になった。その痛い経験から、ヨーロッパ諸国が、もう二度と繰り返さないようにしようという「不戦の誓い」をたて、ヨーロッパ全体を一つにしようとしてつくられたのがEUだった。
これは理想的なことだった。EU圏内の他国間の移動は自由、貿易も関税なしで自由にできるようになった。通貨も統一された。ところが、そのことが逆に、一般の国民にとって憤りになり、不快感になり、結局、イギリスはEUから離脱した。
なぜかというと、EU圏内は移動が自由だから、東欧の貧しい人たちがイギリスにどんどんやってくる。100万人近く移動してきて、イギリス人の仕事を奪っていった。それに対して、イギリス国内では反発が強まった。
EUは、一つの理想の形だから、EUの貧しい国を豊かな国が助けるというシステムがある。イギリスは助ける側だから、国民がそのためにお金を負担しなければならない。すると、「なんで自分たちは、仕事を奪われ、しかも金まで出さなければならないのか」という不満が高まっていったのだった。これがイギリスのEU離脱の原因だった。
グローバリズムに乗れない人は、ゆとりがない。こうして追い詰められた人たちが、自分のことしか考えられなくなる。それが、アメリカでも起きていて、トランプ氏の言う「反リベラリズム」「反グローバリズム」に国民が共感したのではないのか。
日本のマスコミも、自民党の安倍政権も、やっぱりクリントン政権を望んでいただろうと思う。今、日本の政府、自民党は大慌てだろう。トランプ氏に対するパイプもない。それを今から作らねばならない。
日本の政府は、なんとかTPPは、オバマ政権のうちに実現させたいと思っている。8日の選挙で大統領が決まっても、オバマ政権は来年1月20日にトランプ氏が大統領に就任するまで続くから、その間にやりたいと思っているのだろう。クリントン氏もTPPに反対と言いながら、大統領に選ばれた場合は、自分がやるのは嫌だから、オバマ大統領がいる間にやらせるつもりでいたはずだ。
しかし、それも難しくなってしまった。今回の大統領選挙と同時に行われた上院、下院の選挙で、ともにTPPに反対する共和党が勝ってしまったからだ。これでは、オバマ大統領がTPPを実現させるのは難しいだろう。
安全保障の問題では、トランプ氏が大統領に就任しても、アメリカが日本から軍隊を引き揚げることはないだろうと思う。なぜならば、日本にいる第七艦隊の原子力空母の母港としては、太平洋には佐世保と横須賀しかないのだ。もし、日本から引き揚げるならば、原子力空母は行き先を失ってしまう。
日本はすでにアメリカに思いやり予算として、莫大なお金を支払っている。これは、トランプ氏も知らないのではないだろうか。これ以上支払えば、日本がアメリカ兵の給料まで支払うことになる。これでは、アメリカ兵は日本の「傭兵」となってしまうから、これ以上過度な支払いを要求されることはないのではないか。
今後、トランプ大統領が「暴言」を実行していくには様々な障害が出てくるはずだ。その最大の問題が官僚の壁だろう。官僚をどのように操って、「アメリカ・ファースト」の政策を実行していくのか、その点にも注視したい。
