真珠湾攻撃の旧海軍機を「復元」 佐伯市の戦争遺構研究グループ

トラトラトラ!真珠湾攻撃の旧海軍機を「復元」 佐伯市の戦争遺構研究グループ

大分県佐伯市の戦争遺構研究グループ「歴進会」が、旧日本海軍の攻撃機「九七式艦上攻撃機(九七式艦攻)」の原寸大レプリカの製作を進めている。佐伯海軍航空隊にゆかりある飛行機だ。同グループは「復元」によって、地元・佐伯に深く関係する戦争の記憶を後世に残し、理解を深めたいと思いを込める。

 佐伯海軍航空隊は昭和9年に開隊した。瀬戸内海から連合艦隊などが出撃するときに、豊後水道の安全を確保するのが主要目的だった。市内には、佐伯海軍航空隊の掩体壕(えんたいごう)などの戦跡が点在する。

佐伯湾で演習

16年12月の真珠湾攻撃に際して連合艦隊機動部隊は、佐伯湾を攻撃目標である真珠湾に見立てて最後の演習を行い、出撃した。

 この真珠湾攻撃で、投入されたのが、空母に搭載される九七式艦攻だった。

 歴進会の望月久生会長(62)やメンバーで佐伯市議の河野豊氏(66)ら13人は、戦後70年の節目を迎えた昨年夏、九七式艦攻の復元計画を思い立った。

 復元といっても実物大のレプリカ作りだ。設計図が手元になかったため、72分の1スケールの精巧なプラモデルの図面を基に、実物のサイズを割り出した。

 材料は厚さ12ミリの合板を使う。精密測定具を用いて、部品ごとの線を墨で描く。のこぎりで丁寧に切り取った上で、表面を強化プラスチックで補強し、塗装も施す。

すべて手作業

材料の調達は、メンバーの建設会社社長らが主に担った。とはいえ、日頃の仕事の合間を縫いながら、しかもすべてが手作業だけに、思うように進まない。

 主翼だけでも長さは15メートルもある。こうした大きな部品はいくつかのブロックに分けて作り、市内の土木会社に依頼し、保管している。

 歴進会は平成3年に発足した。今年12月には、発足四半世紀の記念イベントを開く。九七式艦攻のレプリカは、イベントまでの完成を目指している。

風化させぬ

佐伯海軍航空隊の兵舎跡には現在、「佐伯市平和祈念館やわらぎ」があり、旧海軍の歴史を今に伝える。

 望月氏は「まだ、骨組みの状態で、記念イベントに間に合うか微妙だが、それでも気長に頑張りたい。細部に入るとより時間はかかるだろう。最後まであきらめずに作り、完成したら『やわらぎ』で展示したい。すべては戦争を風化させないためです」と語った。

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九七式艦上攻撃機とは 日本海軍として初の全て金属製で主翼が1枚の攻撃機。中島飛行機、三菱重工業が生産したが、主に中島飛行機製で真珠湾攻撃にも参加した「九七式三号艦上攻撃機」のことを指す。3人乗りで、前席が操縦席、中席が偵察席、後席が機関銃座。機体サイズは全長10・3メートル、全幅15・5メートル。大戦中期以降は、哨戒活動や輸送船団護衛に就いた。

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