万引き老人たちの、腹立ち、呆れ、やがて哀しき実録集、被害金額54円

万引き老人たちの、腹立ち、呆れ、やがて哀しき実録集

売り場のコロッケをつい半分食べて…

 老人の万引きが増加しているというのは聞いたことがあった。しかし、まさか、ここまでとは思っていなかった。驚いただけではなく哀しくなってしまったが、こういう現実を直視せずに現代社会を論じることはできないはずだ。

 あちこちのスーパーに出向く保安員、現役の万引きGメンによって書かれた実録集である。20件あまりの事例が紹介されているが、それぞれに、あきれるような、腹立つような、そして、泣きたくなるようなドラマがある。

 金額がいちばん少ない事件は、被害金額54円。売り場にあったコロッケを半分食べてしまった老人による万引きである。やせこけた81歳のホームレス男性が、ひもじさに負けて、店内でぱくっとやってしまったのだ。所持金はゼロ。

『ごめん、一銭もない…』と語る老人に名前を書かせても、波打っていて読めない。生活保護を受ければいいのにと諭しても、金に困った時に高利貸しに売ってしまったので戸籍がないという。被害額も少ないし、どうしようもないので、二度と店に来ないことを条件に放免となる。

 なのに、その老人が数日後に舞い戻ってきた。そして、コロッケとメンチカツをパックにいれる。すわ再犯かと気をもんだところ、きちんと支払いをしてくれた、と安堵する。その内容にもかかわらず、決して殺伐とならずに読み応えある本になっているのは、著者である伊東氏の、このような厳しくも人間味あふれる観察眼だ。

 哀しい話はコロッケ老人だけではない。自立支援施設 や介護施設で食べたいものが食べさせてもらえないために好物を万引きする老人。寝たきりの息子のために好物であるヨーグルトを万引きする老母。ご主人様から強要される万引きに逆らえない奴隷老婆。うつ病の娘を伴って、必要最低限の食べ物をくり返し万引きする70歳の母。同情の余地があるとはいえ、犯罪であることは間違いない。しかし、あわれにすぎる。

 この本での最高額事件は、建て売り住宅を受注したので、その備品にIHクッキングヒーターとウォシュレット、計27万1600円をパクろうとした69歳の建築会社社長。次いで2位は、居酒屋を開店するために、IH炊飯ジャーなど計15万2200円を盗んだ市役所を定年退職した男。どちらもとんでもない話である。なんと、この市役所男は支払いを命じられて、あろうことか自慢気にゴールドカードで支払ったという。が、悲しいかな、身元を引き受けに来た妻に、警察署を出たところで離婚を宣言された。万引きは法に背くだけでなく、家族関係をも引き裂いてしまうこともあるのだ。

半額割り引きシールをシートごと盗んだ老婆

 平成27年度における、65歳以上の高齢者万引き者の検挙数は8万件。警察は全件通報を指導しているが、実際には届けなしで処理されている件数が多く、実数はその数十倍から数百倍にも上るのではないかという。そりゃぁ、54円のコロッケまで届けていたら手間がかかってしかたがない。しかし、ほんとうにそうだとすると、信じられないくらいの件数だ。

 かつて万引きは少年非行を代表する犯罪であったが、今は、老人や不良外国人、そして非貧困層の犯罪へと移行しつつあるということだ。実際、この四半世紀の間に、高齢者人口が2倍になっているのに対して、その万引きによる検挙者数は5倍以上になっている。じつに、ゆゆしき問題なのである。

 万引きの手口も巧妙化してきている。なるほどなぁ、などと感心している場合ではないけれど、バーコードを貼り替えるという裏技も横行しているそうだ。それも、見つからないように、元のバーコードシールと同じサイズのものをきちんと貼るとか、慣れていないレジ係を選ぶとか、と聞かされると、やはり感心してしまう。なかには、割り引きを利用するために、半額割り引きシールをシートごと盗んだ老婆までいるらしい。あなどれん。

 万引き老人の人生いろいろ、万引きの手口いろいろ、そして、捕まった時の反応もいろいろだ。ひどく動揺する老人や、土下座までしてひたすら謝る人、逆に、しらばっくれる盗人もいる。中には逆上する猛々しき犯人もいるので、万引き行為を駐車場で追い詰めるのはとても危険な行為となる。急発進されて、ひき殺されそうになることもあるからだ。

たくさんしてあげるから、警察だけは呼ばないで…

 紹介されているうちで、いちばん恐ろしい話は、高級スーパーで真っ赤なルイ・ヴィトンのボストンバッグに酒や食べ物を詰め込んでいた派手な化粧のスナック経営者(66歳)の件だ。犯行を認めたので事務所に連れて行き、ドアを閉めたとたん、『たくさんしてあげるから、警察だけは呼ばないで…』と、70キロを超の巨体に押し倒されてクチビルを奪われてしまった。

“ 加齢臭と線香が混ざり合ったような異様なにおいを漂わせる派手女を腕で押しのける。だが、大勢を立て直そうとした瞬間、私の口に舌が差し込まれた。”

 ホラーだ…。あとは読んでのお楽しみ、というと失礼かもしれないが、すごい話なのである。このおばさん、警察の調べにより、万引きの他に売春と覚醒剤所持の前科者であることがわかる。あまりのことに被害届を出そうとしたが、男性保安員が女性に襲われるなどという事例は想定されておらず、泣き寝入りされたらしい。万引きGメンも命がけなのだ。

 最も深刻なのは、お金も住むところもないので、刑務所入りを志願して万引きを繰り返す老人たちだ。全件通報を指導している警察であるが、こういう万引き犯に対しては露骨に立件をいやがるらしい。難しい問題だ。かつては、年末年始のひもじさを回避するための年度末の風物詩だったのが、いまや、高齢の刑務所志願兵は年間を通じて頻繁に登場するようになっているという。志願であることを悟られて逮捕してもらえなかったために犯罪を繰り返すケースも多いとなると、いったいどうすればいいのかわからない。

 高齢社会の片隅に、こういった現実が厳然と存在しているのである。それをもって、万引き老人が高齢社会の縮図である、とまで言うつもりはない。しかし、貧困、病気、孤独、といったさまざまな問題に起因する老人の万引きが、現代社会を映し出すゆがんだ鏡になっていることだけは間違いない。

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