香港デモは長期化の様相 学生側の「弱さ」と中国政府へのダメージ

香港デモは長期化の様相 学生側の「弱さ」と中国政府へのダメージ

「対話の基礎が揺らぎ、明日、建設的な対話をすることが不可能になった」

 10月9日夜、急きょ行なわれた会見で香港政府ナンバー2の林鄭月娥政務長官は、冒頭のように発言し、予定されていた民主派学生団体との話し合いを延期すると発表した。

 10月10日に予定されていた公開の場での対話は、2017年に行われる行政長官選挙で普通選挙の導入を求めて官庁街などを占拠する学生たちと、彼らを抑え込もうとして対立してきた香港政府側とが問題解決に向けて動き出すプロセスの最初の一歩と位置付けられ、海外のメディアも強い関心をもって見守ってきた。その話し合いが延期されたという情報が伝わると、ビジネス環境の回復に見通しを持ちたいと願う経済界やデモによって商売に大きな損害を被った市民の間に失望が広がったという。

「できるのは学生の説得だけ」

 だが、広東省出身で香港に暮らす研究者は、「たとえ話し合いが実現していたとしても、両者の溝が確認されただけで、混乱の収拾には向かわないことは誰の目にも明らかだった」とこう話す。

 「学生側が求めているのは行政長官の辞任と次の選挙での改革案の撤廃ですが、二つともあまりにもハードルの高い要求です。そもそも選挙の改革案は全国人民代表大会(全人代)の香港地区代表の常務委員会(=常委)で決定されたものですから、香港政府として学生に対し何かを約束できる立場ではない。つまり話し合ったとしても、できるのは学生の説得だけなのです」

 平たくいえば北京の同意なくして何もできない話だということだ。このことは、すでに対話の条件を話し合うなかで、テーマを「選挙制度改革に関する憲制上の基礎と法律規定」とすることを香港側が提案したことにも表れている。

現職にしがみつくであろう長官

 一方、行政長官が辞任することで事態の収拾を図るという可能性はないわけではないのだが、これも梁振英の事情を考えれば簡単ではないという。

 「デモが起きて以降、12日間以上も雲隠れをしている梁振英に対しては、すでにリーダーとしての資質が問われています。その上、その行政長官に対してはオーストラリア企業UGLが香港の不動産企業DTZを買収するに際して発生した長官に対する報酬に関する疑惑が浮上し、立法会の民主派議員が攻勢を強めています。北京の言いなりになって改革の芽を摘み、学生たちの催涙弾を使ったという汚名に加え、前回の行政長官選挙では“違法建築”を理由に相手候補を攻撃して当選したのに、当選後は自分も違法建築をしていたことが発覚するなど彼の名は地に落ちている。香港での未来が不透明なだけに現職にしがみつくのではないかと考えられます」

 学生側が求める要求には答えようがないという状況のなか話し合いの場を設けても結果は火を見るよりも明らかである。

「対話の先延ばし」が双方にとってストレスなし?

 香港政府としては、できるだけその結論をはっきりとさせないまま時間を稼ぎ、学生側の空中分解を狙うというほかにはない。つまり、さらなるデモへの参加の呼びかけを学生側が行ったという理由などは、単なる口実であり、むしろ渡りに船であったというわけだ。

 一方の学生側にしても、デモへの参加者が日に日に減って失速を感じさせるという点では早期に話し合いの場を持つことで求心力につなげたいとの希望はあるものの、具体的にどういう妥協を引き出せるのかという点ではアイデアもないのが実情だ。

 またそれ以前の問題としてデモ隊の意思統一が図られているのか否かという問題も指摘されている。つまり、香港政府側が指摘したように、「もし条件が整ったとして学生代表が街からデモ隊を責任を持って引き上げさせることができるのか?」という疑問が残るということだ。

 学生側はこれまでに二度、「期限内に回答がなければ政庁庁舎へ突入する」と宣言していたが、二回とも完全な形では実現してはいないのだ。これは政府庁舎への突入となれば運動の形が大きく変質することが避けられず、そのときに内部に反対者が出て分裂するとの懸念が働いたためとも言われる。組織としての弱点を抱えているのだ。

 その意味では、対話が先延ばしされることは双方の利害の一致とはいかないまでも、双方にとって当面ストレスがないと考えられ、問題が長期化する要素は備えていると言わざるを得ないのかもしれない。

「あくまで香港経済にダメージを与えないように」だったはずが…

 そもそも学生側の組織が弱さを抱えているのは、次期行政長官を決める選挙で普通選挙を勝ち取ろうとする“●中”(●=「にんべん」に「占」:香港の金融街であるセントラルを占拠せよ)運動において学生が主役になるのは9月末からのことだからだ。

 「セントラルを占拠せよ」は、格差問題に異を唱えたアメリカの学生による「ウォール街を占拠せよ」を受けて、格差問題に加え民主化問題を織り交ぜ広がったものであった。中心となったのは香港の知識人であり、なかでも香港大学の法学部教授の戴耀廷と中文大学の社会学者・陳健民の二人であった。

 だが、知識人たちが主導する運動は、「あくまで香港経済にダメージを与えないように」という配慮のなかで行われ、休日を狙って呼びかけられるというものだった。その分、多くの人々に理解され、中国との間に危険な対立をつくりだすことも避けられるという特徴があった反面、運動の広がりとしては弱さも指摘されていた。

 そんななか全人代常委での改革案の中身が明らかになり、18歳以上のすべての香港人に選挙権が与えられるとなったものの、立候補できるのは中国共産党に極めて近い人々で構成される指名委員会(1200名)の過半数以上の支持を得なければならない(しかも最大3人まで)ことが分かると、これに学生たちが強く反発。一気に街に繰り出して各地で抗議行動を始めるのだったが、その時点ですでに香港経済に支障のないようにとする従来型の“●中”(●=「にんべん」に「占」)は消えてゆくことになり、さらに政府側が催涙弾を打ち込むという暴挙に出たことで市民が加わり、一気に10万人という大きなデモへと変わっていったのである。

催涙弾を使い制圧しようとした当初のやり方に加えて、政府側はその後、時間を引き延ばして学生側の勢いを削ぐ方法へと切り替えてゆくのだが、ここには北京のサジェッションが働いていると筆者は考えている。というのも中国大陸では頻発するデモや暴動に対して、勢いのある段階でそれを鎮火しようとはしないからだ。もし上り坂にある運動を妨害すれば、かえって火に油を注ぐことになると彼らはよく知っているからだ。

 反日デモでも一定の段階に達するまで公安は周りを囲んで何もしない。これをもって日本では官制デモとの判断をするのだが、どのデモや暴動に対しても彼らは同じことをするのである。放っておけば目的を失い、飽きて、ばらばらになるとよく知っているのだ。

 その意味で、香港の学生側には極めて辛い状況が続くのだが、この香港の経験が中国にとってダメージの少ないことだったかといえば決してそうではない。

 北京の国務院OBが語る。

 「中華民族の復興を掲げ、欧米的価値観に対する独自の価値観を世界に広げようとしているとき、まさに足もとが揺らいでいるのですから深刻です。また中国の経済力を背景に、もはや人権を外交の柱に据える欧米先進国のスタイルは下火になりつつあった。そんななか、香港が民主化を求めれば黙っていた欧米各国も反応せざるを得ない。一方の中国はこの運動の背後に欧米がいると信じて頑なになり、また中国国内への本格的な波及を恐れて香港に譲歩などできない。何が何でも民主勢力を抑え込むはずです。となれば、これまで相当に自信を深めてきていた台湾統一に向けた動きは、大きく足踏みすることが避けられなくなるでしょうね」

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏