恐怖の種―中国に満ちあふれる有害物質
「何を食べれば安全なのかと日々自問している。ブタにはクレンブテロールが入っているし、牛肉も羊肉も有害添加物入り。牛乳をあえて飲もうとは思わない」――。
大半の中国人にとって、健康的に暮らすことは一般常識というだけでなく、ある種の敬けんな行為だ。病気になったら、それは自分の健康を気遣わなかったせいだとみなされる。
だが、冒頭でマイクロブログ「新浪微博(Sina Weibo)」から引用した嘆きの言葉が示すように、古き教訓はメラミンやカドミウム、殺虫剤、鉛、水銀、二酸化硫黄、その他の微粒子や危険な化学物質が中国の食物連鎖に入り込み、水道や大気を汚染することまでは予見していなかったとみえる。
汚職にまみれ、規制当局がほとんど機能しないまま30年間にわたって2桁成長を続けてきた中国の工業成長率は、空前のレベルの公害と汚染食品のまん延を招いた。汚染された主な食品には、非情な起業家たちが製造・販売した粉ミルクや穀物酒などがある。
中国内外の監視団体によれば、中国では毎年小規模デモが多数起きるが、その多くは環境汚染が人々の生活に目に見えて影響を及ぼしたことが要因だ。
最近まで、こうしたデモが地元以外で注目を集めることはなかった。だがインターネット、特にユーザー6億人に上る中国独自のマイクロブログの登場で当局の規制が困難になり、デモが起きたことが中国全土に知れ渡るようになった。
食料・飲料スキャンダルが何十件も相次ぎ、数百人もの人々が犠牲になっている状況を知り、中国の消費者は用心深くなったが、やがて不安視するようになり、ついには怒りを示した。
たとえばクレンブテロールは2007年~11年、中国全土の養豚場で使われていた。クレンブテロールはスポーツ選手が筋肉増強のため使用することで知られるが、畜産物の脂肪を減らして高価な赤身部分を増やす効果がある。
工業プラスチック製品などに使われるメラミンは、2008年に発覚し中国最大の食料スキャンダルとして世界的なニュースとなるまで、粉ミルクに広く使われていた。粉ミルク汚染では08年1年間で赤ちゃん6人が死亡し、推計30万人が現在も腎機能障害などの健康問題を抱えている。21人が逮捕され、うち2人は死刑となったが、同じような事例は2年後の2010年にも発覚した。
中国のマイクロブログユーザーは、「豆腐に含まれるタルク」についても心配している。豆腐はタンパク源として中国全土で食べられている食材だ。
■「排水溝の油」の再利用、小麦粉の「不自然な白さ」
「それに、油で揚げた食品も食べられない。道端からすくい集めた廃油を再利用して揚げていないという保証がない」。前年末、レストランの排水管から集めた通称「地溝油」を販売したとして、1地方だけで50人以上が逮捕される事件があった。
「小麦粉は寒気がするほど不自然な白さだ」
それでも、食品汚染は中国の健康問題の中では最も懸念の度合いが低いものかもしれない。というのも当局にとっては悪徳業者を摘発するほうが、汚染された河川・湖沼や大気を浄化するより楽な仕事だからだ。
今年に入ってから既に河川に化学物質が大量排出された事件が2件発生しており、住民はそのたびに安全な水を求めてスーパーマーケットに殺到した。
1月には、柳江(Liujiang)県を流れる龍江の上流で複数の企業が大量のカドミウムを投棄していたことが明るみに出、400万人の生活に影響を及ぼした。その数週間後、今度は中国で最裕福な地域の1つ、浙江(Zhejiang)省の長江(Yangtze)で酸性物質が流出する事故が発生し、鎮江(Zhenjiang)で水道水からにおいがすると住民がパニックを起こした。
こうした騒ぎのたびにスーパーではペットボトル入り飲料水が売り切れるが、しかし消費者の多くは店の棚に並んだボトル水の安全性についても疑問視している。中国当局は前年、安全基準を満たしていないとしてボトル水31ブランドの販売を停止したばかりだ。その多くは基準の数百倍ものバクテリアが混入しており、中には9000倍という例もあった。
「認定オーガニック食品」と銘打たれた食品も、事情は同じだ。中流階級の消費者が、食品に危険なレベルの殺虫剤が含まれていないとの確証を求める傾向が加速する中、オーガニック食品市場はここ数年、4倍以上の急成長を見せている。
国営食品会社に勤めていた経験を生かして、その実態についての書籍を出版した高智勇(Gao Zhiyong)さんは、食の安全に確信が持てる中国人は、特別な農家から食品を調達している当局トップ指導者層だけだろうと語る。
中国環境保護省は前年11月、中国の農業用地の1割が、汚染水や廃棄物によって危険なレベルの重金属に汚染されていると発表した。
「テレビや映画の検閲をする奴らが食品を管理して、食品や医薬品を管理する奴らが映画の検閲をすればいいのに。そうすれば中国人は安全な食品を食べられるようになり、未編集の映画も見られるようになる」。マイクロブログ「新浪微博(Sina Weibo)」には、こんな皮肉も書き込まれている。
前年8月、中国北東部の工業都市・大連(Dalian)で、付近のパラキシレン製造工場から流出があったとして住民数千人が抗議デモを行った。
米アップル(Apple)も批判の的になっている。中国の調査団体IPE(Institute of Public and Environmental Affairs)は最近の報告書で、中国国内にあるアップルの部品メーカーが有害物質を水と大気に放出しており、労働者と近隣住民の健康を危険にさらしていると非難した。
■「空気じゃなく政治を肺に吸い込んでいる」
ほぼ同じころ東部の海寧(Haining)では、白血病患者が急増したのは付近の太陽光パネル工場のせいだと訴える抗議行動が発生。住民らに市長も加わり、力ずくで当局に工場を一時閉鎖させた。
工業施設近辺の住民のがん発症率が異常に高くなる事例が当たり前になりすぎた中国では、この現象を指す「癌症村」なる新語も生まれている。
皮肉なことに、その「癌症村」の1つを山東(Shandong)省環境当局が最近、「長寿地域」に選定した。その村ではがんが多発しており、農薬のプロフェノホスなどを製造する近くの化学工場群が原因だと指摘する専門家もいるのに、だ。
中国当局は、全国のがん発症率の統計データの全面公開を渋っている。環境活動家らは公開されたデータについても、問題が過小評価されていると批判する。農業で大量の殺虫剤や除草剤にさらされやすい地方部の住民は、金銭的な負担から病院で検査を受けないことが多いからだ。
だがおそらく、現在の中国で最も被害の大きい健康問題は土壌汚染でも水質汚染でもなく、大気汚染だろう。膨らむ国民の怒りを受け、当局は先ごろ新たな大気汚染基準を設定し、直径2.5マイクロメートル未満の微粒子にも初めて基準を設けた
その結果として当局は、中国の大都市の3分の2の大気が新基準において最悪の汚染レベルにあることを認めざるを得なくなった。それでもなお、この新基準は世界保健機関(World Health Organization、WHO)の提唱する開発途上国の汚染レベル上限より3倍も高いのだ。
ニュースを急速に広めるマイクロブログの力を借り、拡大する一方の環境汚染問題をめぐる中国国民の不満は今までにない規模で膨れ上がっている。かつては地域ごとに分断されていた汚染の被害者たちが、ごく近隣の問題だと考えていたものが実は中国全土で繰り返し起きている問題だということに気付き、批判の声を高め、対策を求め始めている。
「われわれは、この環境に何十年も暮らしていたんだ」と、新浪微博のあるユーザーは書いた。「政府がわれわれをだまさないことを祈るだけだ」
別のユーザーはこう投稿した。「ときどき思うんだ。私たちが肺に吸い込んでいるのは空気ではなく、政治なんだと」
(c)AFP/Boris Cambreleng
