リスク承知の中国、日中経済関係の重大な「分水嶺」に

リスク承知の中国、日中経済関係の重大な「分水嶺」に

日本企業の中国ビジネスに赤色回転灯が点灯し、サイレン音が鳴り響き始めた。中国の上海海事法院(裁判所)が、商船三井の大型バラ積み船を浙江省の港で差し押さえた問題は、習近平指導部が中国経済への一定のマイナスも承知の上で、歴史問題での対日攻勢に踏み込む覚悟を示したことを意味する。

 中国での商船三井を被告とした訴訟は2010年に約29億2000万円の損害賠償を命じる判決が確定していたが、これに基づく差し押さえを今になって決行したのは、尖閣諸島(沖縄県石垣市)問題や日中間の歴史問題で対立する安倍晋三政権への強烈なゆさぶりをかける狙いがある。日本企業が矢面に立たされてしまった現実は深刻だ。

 中国の裁判所は共産党の支配下にあって独立性はない。

 戦時中、日本に強制連行されたと主張する“被害者”らから損害賠償請求を起こされている三菱マテリアルなどの日本企業が、中国での判決によって今後は中国国内の工場設備や不動産などの資産を相次ぎ差し押さえられる懸念がある。今後は「強制連行」に加え「慰安婦」だったと称する人や、重慶市など日本軍の爆撃によって民家や家族を失ったなどとする訴訟が林立する恐れも否定できない。

1972年9月に日中両政府が調印した日中共同声明で、中国は日本への戦争賠償請求を放棄すると宣言した。これに対する誠意として日本は、巨額の政府開発援助(ODA)や民間企業の工場進出による雇用創出や技術供与、製品輸出による外貨獲得など官民挙げて中国への経済支援を惜しまなかった。

 中国政府は毛沢東時代から胡錦濤政権まで、改革開放政策による日中経済関係の拡大に重点を置いて、戦前や戦時中の問題では、民間や個人が国内で日本企業を相手取った訴訟を行うことに消極的だった。日本の最高裁も07年に「日中共同声明で個人賠償請求権は放棄された」と判断を示している。

 だが、「強制連行」問題では3月に北京の裁判所が初めて個人の訴えを受理し、この問題での裁判が中国国内で初めて開廷する見通しとなった。慰安婦や爆撃などをめぐり日本政府が被告になる裁判が続発すれば、人員の限られる日本の中国大使館や各地の総領事館など在中公館は忙殺され、外交機能や進出日本企業への支援、邦人保護の機能が著しく低下しそうだ。

 しかも、中国は「抗日戦勝記念日(9月3日)」といわゆる南京事件の「国家哀悼日(12月13日)」を今年からそれぞれ国家記念日に制定することを決めた。「抗日戦争に関する記念日と強制連行など対日訴訟の動きは来年の日本敗戦70周年に向けて連動していく」(中国側関係筋)とされ、中国の大衆に反日感情が改めて色濃く植え付けられることは避けられない。

2012年の反日デモではパナソニックやイオン、トヨタ自動車などの中国の拠点が相次いで焼き打ちに遭い、暴徒が破壊の限りを尽くした。何の落ち度もない日本人の一般駐在員らが中国人に囲まれて暴行を受けたのも一人や二人ではない。その後、日本企業の対中進出にブレーキがかかった結果、今年1~3月の日本から中国への直接投資額は、前年同期に比べ47.2%の大幅減となっている。

 それでも金融を含むサービス業や小売業などの対中進出意欲は高かったが、「戦前、戦中にかかわらず一般の商業案件でも日本企業が裁判で狙い撃ちされるリスクがある」(上海の経営コンサルタント)とみなされれば、日本企業は対中ビジネスから得られる利益よりも、リスクの方が大きくなるだろう。資産差し押さえのみならず、責任者の身柄拘束など従業員の人的被害に波及する恐れがある。

 こうした日本に対する中国の反転攻勢は、10年の日中国内総生産(GDP)規模の逆転前後から目立つようになった。日本企業から技術や資金、ノウハウを吸収し尽くしたところで、世界第2の経済大国として傲慢(ごうまん)さも増した中国が、日本への「倍返し」を始めたといえる。

しかし、中国経済は輸出低迷などによる成長鈍化が鮮明になっており、日本企業の“中国離れ”が進めば中国の成長維持にとって大きな痛手となりかねない。胡錦濤前国家主席に近い汪洋副首相は先に、日本国際貿易促進協会の訪中団との北京での会談で、「中国政府は日本の為政者と経済界を一つに見ているわけではない」と述べ、日中の政治対立とは一定程度切り離して経済や文化交流を進める考えも示した。中国の一部テクノクラートは一方的な反日攻勢は得策ではないと考えている。

 それでも、この汪氏の発言が習指導部の総意になるとは考えにくい。商船三井の船舶差し押さえが、今後の日中経済関係を決定づける重大な「分水嶺(ぶんすいれい)」となったことは間違いない。

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