訃報:元任天堂社長山内溥さん85歳

訃報:山内溥さん85歳=元任天堂社長

任天堂を世界的なゲーム機メーカーに成長させた前社長で相談役の山内溥(やまうち・ひろし)さんが19日、肺炎のため死去した。85歳だった。任天堂によると、最近体調を崩し、入院していた。通夜は21日午後6時、葬儀は22日午後1時、京都市南区上鳥羽鉾立町11の1の任天堂本社。喪主は長男克仁(かつひと)さん。葬儀委員長は同社の岩田聡社長。

 京都市出身。早稲田大在学中の1949年、2代目社長の祖父が病気で倒れたため、家業のトランプ・カルタ製造業の山内任天堂(63年、任天堂に社名変更)の3代目社長となり、翌年早大を中退した。

 トランプや花札の専業メーカーからの脱皮を図るため、83年、家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」を発売。「スーパーマリオブラザーズ」などのソフトが人気を集め、全世界で6000万台を超える大ヒット商品となり、一躍「世界のニンテンドー」として名をはせた。

 その後も携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」や高機能ゲーム機「ニンテンドウ64」を発売し、ゲーム業界をリードした。2002年5月には当時42歳の岩田氏に社長職を譲り、経営の一線から身を引いた。

 本業以外では、92年、買収額の6割にあたる約95億円の私費を投じて米大リーグ、シアトル・マリナーズの買収に参加し、筆頭オーナーになった(その後、米国任天堂に売却)。99年、横浜の佐々木主浩投手、00年にはオリックスのイチロー外野手のマリナーズ入りに尽力した。

 89年には優れた経営手腕で経済界に新風を送り、社会的、文化的な活動を通じて国民生活の発展・向上に貢献した毎日経済人賞を受賞した。

 訃報を受け、任天堂の岩田社長は「山内から教わった『他と違うからこそ価値がある』という価値観を、娯楽の本質としてこれからも大切にし、任天堂の姿を時代に合わせて柔軟に変え続けていくことで山内の魂を引き継いでまいります」とのコメントを発表した。【安藤大介】

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